2007/3/3(土)~3/4(日) 谷川連峰・武能岳(雪洞泊)2007年03月03日 00:00

無名山塾の雪山講習で武能(ぶのう)岳を目指す。28単位目。
講師K澤氏、CUにS口・R氏(女性)、講習生はY永・H氏、M松・S氏、自分。参加要項に曰く「ルートファインディング・重い雪の歩き方、雪中での泊まり方(雪洞やツェルト)を学び、雪山活動の幅を広げます。山頂に立てたらいいですね」。いろいろ書いてあるが一番のテーマは雪洞。雪に穴を掘って一夜を過ごすのだ。

2(金)は仕事を早く切り上げて21時前に土樽駅へ。先に着いていたM松氏とステーションビバーグ。構内は二人きり。今回は一晩中電灯が点いていた(2/24のタカマタギの時は22時ちょうどに突然消灯し、23時半頃点灯した。時間のキリが良過ぎるが停電だったらしい)。

■3/3(土)
8時半にメンバ集合。S藤・H氏も参加の予定だったが、仕事のため急遽キャンセル。
気温は8℃もあり暖かい。晴れから薄曇りといった天候。
9時前に出発し、しばらくは雪を被った林道歩き。途中、分岐の道標で講師曰く「見たことない」。例年は雪に埋もれているのある。
露わな道標
10:30、西尾根の突端に到着し、アイゼン着用。どこから尾根に取りつくか考え、少し林道を戻ったところで蓬沢を渡る。ぐさぐさのザラメ雪の斜面を上がり、トラバース気味に日の当たる面に出ると雪が消えて藪こぎ状態。かなりの傾斜で尾根に乗ったところで小休止を取った。
あとは尾根上をどんどん歩く。ちょっとした雪庇があったりもするが、暖かくて雪洞講習をやる時候とは思えない。雪洞を掘る時に必要になると思ってオーバーズボンを着けていたのだが、歩いている最中にはやっぱり余分。「下半身が暑い」とTPOを誤るととんでもないことを言いながら行く。雪質はザラメではなくなったが、アンチスノープレートがあってもアイゼンの下でダンゴになる。雪の上には熊か?と思われる足跡もあり。時折、鳥の声も聞こえる。
尾根登り
13:15 予定の標高1200m付近に到着。講師やY永氏の用意してきたゾンデを刺して雪の深い個所を探すが、どこもイマイチで深くて2.4m程度。掘ると木の枝が出てきそうでもある。結局、横穴は諦めて竪穴式に決定、比較的雪の深い部分を四角に仕切り、スコップで掘っていく。少し掘って雪が締まってくると、ブロック状に切り出して周囲に積む。Y永氏がブロックを取るのが上手い。壁が少し内側に傾くようにすると快適と言うが、だんだんブロック積みが高くなっていくと不安定になって一角が崩れてしまったり。外からも補強して、立って歩けるほどの高さになった。5人用テントよりよほど広い。入口には階段が付き、ロウソクを立てる棚が2ヶ所。
雪洞掘り
あとは屋根にツェルトを張れば完成、と思ったら...広すぎてうまい具合に全体を覆えない。立ち木に結んだ細引きを通したり、壁の隅に渡したゾンデに乗せたりのツギハギになってしまった。外から見るとホームレスのお宿みたいである。あれこれ時間が掛かったが、横穴式に比べると断然早いらしい。ともかく床に銀マットを敷き、中に入ったのは17:30頃。気温3℃。
継ぎ接ぎ屋根
座って落ち着けば出てくるものは酒とツマミだが、今回のメンバは比較的おとなしい。食当もないので各自適当に食事して就寝。横穴式は暖かいそうだが、横になればツェルトの隙間から空が見える我が家、冷えるかと思って使い捨てカイロを着けた。

夜中に何度か目を覚ましたが、ツェルトがパタともいわない、まったくの無風状態。もちろん雨雪もなく、快適な一夜だった。

■3/4(日)
のんびり6時起床。曇り、気温4℃。ロウソクは夜中に自然消火したが、見ると雪を溶かして潜り込んでいた。屋根のツェルトに水たまりができていたのは、落ちた雪が中からの熱で溶けたのか。
必ずしも戻ってくるとは限らないので装備を撤収。雪洞は残しておいても害はないのでそのままにして7:40 出発、西尾根を登って行く。
雪は踝(くるぶし)より上くらいまであるが、講師が先頭なので楽に歩ける。右側に雪庇が出ているところもあるが、左側に余裕があるのでルート取りに問題なし。振り返るとタカマタギなどの山山山。動物の足跡は多いが、人はいない。
振り返る山並み
振り返る山並み(山名)
さしたる苦労もなく10:10、標高1620m付近で休憩。講師とS口氏が少し先に行って話している。追いついてみると、この先進むかどうかを検討しているのだった。
武能岳山頂までは真っ直ぐ進んで稜線に上がり右(南)へもう一息、それほど距離はない。雪の十分ある例年ならば問題ないところだが、中途半端に雪の切れている今の状況ではどうか。行くことは行っても戻る時にはロープを出すのに時間が掛かりそう。登頂後は蓬峠から蓬沢を下るか、沢だと積雪の状況は、雪崩の心配はないか。いや、武能岳からそのまま南下して茂倉(しげくら)岳から茂倉新道は。いろいろ検討した結果、今回はここから引き返すことに決定した。
撤退地点にて
11:00下山開始。途中、単独の男性とすれ違う。ベテランがピッケルなしで散歩といった風情だが、雪洞を「すごいの作りましたね」と言ってくれる(いやぁ、それほどでもw)。内心では呆れてたのかもしれない。
雪洞跡で小休止、尾根の取付きは雪をズボズボ踏み抜いて下って道に出た。あとは「ホントに雪少ないな。これで1ヶ月後に雪訓が出来るのか?」などと言いながら歩いて14:30土樽駅に帰着。

水上まで来て、いつもの蕎麦屋「くぼ田」に寄ろうと思ったら、同じく雪洞訓練のみどる(無名山塾の中高年向けコース)隊と駅で遭遇。S木・Y氏もいて、既に久保田で一服した後とのこと。次の急行に乗るべく慌ただしく蕎麦を食って、車中で2次会。

袖をまくって歩いていたら日に焼けた。帰宅して風呂に入ると腕が沁みる。鼻の頭もヒリヒリ。

■今回のルート
武能岳ルート

2007/3/10(土) 裏妙義2007年03月10日 00:00

無名山塾同期で、今度四国に転勤になるK山・N氏企画の自主山行。土曜に裏妙義、日曜に表妙義をやり、土曜夜はテントで猪鍋というてんこ盛り企画だが、自分は日曜朝は自宅待機した方がいい状況なので、裏のみ参加。

土曜の参加者は自分ひとりになってしまったので、9日(金)は急遽、K山氏のお宅に泊めていただくことになった。雨の中を新前橋まで迎えにきていただいて、お邪魔するのは2度目。お酒と奥さまの料理、K山氏の獲った鹿の刺身などご馳走になった。慌ただしくてメガネを忘れて出てきたような有様で手土産もなし、かたじけなし。

当日は5時半起床、晴れた。K山氏の車で裏妙義国民宿舎へ。駐車して、K山氏が弁当を食べている間にザックを車に立てかけておいたところ、K山氏が車の位置を直そうとしてザックを轢いてしまう事故が発生。幸い、雨蓋に付けていた温度計が割れた他は、チョコレートなど食料が粉砕された程度で損害はほとんどなかった。
裏妙義国民宿舎

7時過ぎに歩き始め。登山口は国民宿舎前の自然探勝道だが、間もなく「これから先は急峻な岩場や鎖場など危険な場所が多くあります。体力、技術に自信のない人は引き返してください」の警告標識。もちろん無視して(いや、K山氏が写真を撮りたがったので写してあげたが)進む。
時折大岩が転がっている他は、しばらく普通の山道。標高800m付近に丁寧に石を積んだ室があった。入口は狭いが、中は2~3人快適に過ごせそうな広さ。K山氏によると炭焼き小屋とのこと。キツツキの音が聞こえる。気温約6℃。
もう少し行くと笹の葉に薄く雪が乗っている。夕べの雨が一時雪になったのだろう。上がるにつれ、積もっているという程ではないが白が目立つようになってきた。鎖場も出てきて、素手では冷たい。
丁須の頭の手前、鎖付き急傾斜を越え北面に入るといよいよ道が白いが、踏んでみると特に滑ることもない。軽アイゼンは持参しているが、そのまま行く。
丁須の頭の下の鎖場は、まっすぐ上がってから右にトラバース。鎖が少し濡れており、素手では滑りそうなのが嫌らしい。K山氏の着けている滑り止め付き軍手が効果ありそうだ。トラバースには少し雪が付いていて、足を掛けると滑る。ここは鎖に体重を預け、腕を伸ばして岩に垂直になる感じで通過。トラバースが終わったところに直登してくる鎖もあったので、こちらの方が登りやすかったかもしれない。

9時過ぎ、丁須の頭の肩に到着(写真はその手前)。
丁須の頭へ
エアリア(昭文社の山と高原地図)には「丁須の頭には鎖がついているが、危険なので一般登山者は登らないこと」とある。ここを鎖だけで登るのはよほど上手いかバカかのどちらかだろう。足場から鎖に掴まる部分はオーバーハングで、手が滑ったら5~6mの墜落後、岩場を転がり落ちることになる。ヘタすりゃ死ぬ。
鎖にセルフビレイを取りながら上がることにして、狭い岩の上でハーネスを装着。ここもビレイなしで動くのは少々怖い。ハーネスは下で着けておくべきだった。
準備が出来たところで、K山氏が「一応ロープを引いていくか。ビレイしなくていいからね」。ビレイしようにも支点がないし、第一ロープを張ったらトップを引き落とすだけだ。分かってますって。
K山氏、まずセルフを取った上で鎖に掴まり岩に足を掛けてハングを越える。そこから上は見えなくなってしまうが、やがて「確保するからロープ着けて」の声。上に支点が取れたらしい。
自分もロープの他に一応セルフを取って鎖を掴むが、さて最初の一歩が難しい。ここを思い切りよく行ったK山氏は上手い。少しジタバタしてハングの上に立ち、あとはセルフを外して登る。保険のために何らかの確保は必要だが、上部は特に難しくない。
9:30 丁須の頭頂上。K山氏は鎖の基部を支点にしていた。細長い岩の上、それぞれにセルフビレイを取って一休み。周りのギザギザの峰、横川の街、いい眺めである。下の樹林では葉の上で融けた雪がキラキラと光っていた。
丁須の頭にて
下降は懸垂で。と言っても出だしは鎖と岩に手を掛けている。ハングの上から懸垂体勢になるが、肩の岩場は斜め下なので、戻るのがちょっと苦労。降りたところの樹に「丁須の頭」と小さなプレートが付いていた。もう10時近い。

エアリアにいう「展望よい岩稜」は道が不明瞭で上がらなかったが、振り返ると丁須の頭の全体がよく見える。K山氏が丁須というのは金槌のことだと教えてくれたが、なるほど納得。
丁須の頭
少し行くと「チムニー内20mの鎖」。鎖の起点から下を覗くと懸垂の方が楽そうだ。30mロープを繋いで降りようと、分担していたロープを出すと...K山氏、なんで2本持ってるの? 二人で3本とは豪勢だが、1本はザックにしまって降りる。
次は赤岩。エアリアではこの先「鎖でトラバース」が二箇所だが、その前に鎖の下りがあった。上からは見づらいが岩に足場が切ってある。トラバースは実際には4ヵ所ほどあるが、本当に厳しいところはハシゴと金網で道が作ってあるので、足元が乾いていれば難しいことはない。それでも、通過してから後ろを見るとかなりの高度感である。
クサリと桟道
エアリアに「見晴」とある辺りか、浅間山が見えた。噴煙なし、雪少ない。岩の窪みには熊野修験の札が置かれている。日付は昨年12月。信仰の山の割には神仏の姿を見かけないコースだなと、ふと思う。
烏帽子岩や丁須の頭を振り返りつつ、11:30に三方境。

一休みしていると、これから行く谷急(やきゅう)山から単独の登山者が下りてきた。国民宿舎以来、人に会うのは初めて。
ロープ等の不要な荷物をK山氏のザックにまとめてデポし、谷急山へはただ歩くだけ。しかし、エアリアで破線になっているだけあり、後半の急登は木の根やトラロープを掴んだりとかなり厳しい。登山道の下にところどころ氷が見える。沢ではないが滲み出した水が凍ってちょっと氷瀑のようだ。P4、P5・・・とアップダウンを越え、13:00ちょうどに妙義山の最高峰1162mに登頂、三角点にタッチ。傍の樹木に丁須の頭と同じ小さな山名プレート、その隣に熊野修験の札が付けられていた。
やや曇ってしまったが、ここも周囲の山、眼下の高速道路と眺望良好。北西尾根のバリエーションルートへの下り口は、上がってきた道から山頂に向かって右側にある。
谷急山にて

休憩の後、往路の急登を今度は転げ落ちないように下り、14:10に三方境に戻る。おや人がいる、と思ったら、K山氏「あれ、来たんかい!」 K山氏の弟さんが国民宿舎からの巡視道を上がってきたのだった。
3人でその巡視道を行くと、これが長い。樹林の中の淡々とした下りだが、三方境から国民宿舎まで標高差500m近く、それなりの傾斜だ。登りルートにはお勧めできないが、秋には紅葉が奇麗だという場所まで来るのはいいかもしれない。エアリアに「馬頭尊」とある石仏が今回お目にかかった唯一の神様だった。
やがて中木川を渡って林道に上がり、15:30 国民宿舎。
登攀要素とハードな歩き要素と両方あって、面白いコースだった。

弟さんの車と2台で温泉「峠の湯」へ向かい汗を流す。K山氏は明日の表妙義に備えて筋肉をほぐすと言っていたが、兄弟揃って長湯だ。弟さんとはここで別れ、K山氏に横川駅まで送ってもらう。
おそらく、四国出発までに会う機会はないだろう。簡単に別れの挨拶。定年後にこちらに戻るとのことなので、それまでに一度、四国の山に行ってみたいものである。

三方境からの下り、杉林の中で花粉を浴びたのか、帰宅後、夜中になってから鼻水とめどなし。歩いている最中は花粉症がでないのが不思議。

■今回のルート
裏妙義ルート

【追記】
この記事を書くために地図を見ていて発見。
谷急山の北、上信越道を挟んで山急(やまきゅう)山があった。碓氷の関所辺りからペアで名づけたものだろうか。上から読んでも山急山、下から読んでも山急山。

2007/3/14(水) アニドウ上映会2007年03月14日 19:00

いつものなかの芸能小劇場に入るといつにない空きよう。しかし、やがてK田・T(ミクシィネーム:さざんかQ)氏、S戸口(ミクシィネーム:++ungood)氏、上映が始まってから唐沢俊一氏がみえた。
今回のお題は「春のめざめ漫画大会」。なるほど、プログラムには恋ものが並んでいる。ホワイトデー企画か。

19時を過ぎても始まらないなと思っているとなみき会長(ゲタ履きでない)が登場して、「映写機が壊れてもう1台の方に替えている。その前にスタインベック編集機も壊れた。もう一つくらい壊れるのではないか」。
替えた映写機が壊れない保証はないため、プログラムに載せた順番は無視して長いフィルムから上映するということで、まずはTVアニメを一本。森進一の歌詞改変で話題の人の「憎むな殺すな赦しましょう」の作品から「ニセの友情作戦」。なみき会長の前説(勝手な文言を付け加えると著作権侵害になる)に曰く「好きなタイトル」。内容はまあよかろう。一昔(いや三昔くらいか)前のお約束的に分かりやすい話。
リールの架け替えがあってロイドの実写。気絶した男を操る場面などコマ撮りかと思うようだ。
フェリックスは好評なのか3ヵ月連続上映。前2回(⇒ 2/171/7)ほどシュールではないが、空中の音符を取って自転車(?)にしてしまうなど自由自在。ラストは水道に付けたホースをくわえて横たわるって何?と思ったら、水道ではなくガス自殺らしい。
ポパイはオリーブを捨てて出ていく珍しいオチ。
ポパイと同じ1935年のフライシャーで、立体背景のカラー作品もあったがそれほど面白くない。
1936年のミッキーはディズニーらしからぬ下品なネズミが登場。擬動物化(by 唐沢氏)された自動車に比べて牛の描き方が洗練されていない。
トムとジェリーは快調。
ベティは周囲のキャラクタが漫画映画から離れてどうにもミスマッチだが、変身シーンでガーターベルトを見せるのはお約束だ。
ポヤールの1962年作品は、最後に真実の愛を得てめでたしかと思うと意外な結末。出だしのアニメ的な表現が全体からすると浮いて見えるのも、まだ若くて構成が甘いというか。
1934年の瀬尾光世も作っているうちにお話が変わってしまった印象。小鳥がカタパルト発進してキングコング退治となる。
ラストはアヴェリーのシンデレラもの。オオカミでなくても口笛を吹きたくなる歌と踊り。

終わって金龍門へ向かう途中、K元・T氏より電話、後ほど合流とのこと。店は大繁盛で、1月の上映会の時は別のグループの注文で終わってしまったシャオヤンロウを入るなり注文。唐沢氏の「アストロ劇団」のお話や、いつものオタク話(映像関係が多かった)をしているうちにK元氏もシャオヤンロウに間に合って到着。この店はさりげなく美味しいが、客が多いと生産が追っつかない。

2007/3/19(月) ロケットまつり142007年03月19日 19:30

新宿ロフトプラスワンの人気企画。ここ何回か行きそびれていて久方ぶり。前回来た時は休日だったか? 開場時間前から外に溢れる行列だったが、今回は地下への階段に収まっていた。それでも開演が近くなると席はほぼ埋まる。相変わらず男の子のおまつりで、店員以外、ほとんど女性は見えない。
出演はお馴染み林氏、垣見氏、聞き手に松浦氏、笹本氏、あさり氏。

登場してすぐさま、垣見氏が手術を受けたという話。クリスマスに入院、胃ガンを切って元旦に退院したそうである。林氏が「ロケットをやって現役で死んだ人が何人もいるが、こういうしぶとい人もいる」。笑い話にできて何より。しかし、その死んだ人たち、垣見氏が見舞いに行くとその翌日に亡くなったとか、こうなると笑い話だか何だか。

今回は糸川英夫の下での仕事とか、ひと関係の話題が多かった印象。いくつか拾っておくと...

林氏が糸川英夫の資料を段ボールに108箱(会場から「煩悩の数だ」の声あり)、秘密の場所に持っているそうで、そこから垣見氏を驚かそうと思って持ってきた、とタイガー計算機を出す。垣見氏は「驚きませんけどね」と言いながら、ひとしきり計算機の操作や糸川の仕事に求められた有効数字の話。
糸川の米国行きの公用パスポートも何冊か出てきた。外務大臣名が「重光葵」。歴史だ。
付箋のたくさん付いた『ゲーテ全集2 ファウスト』。糸川はゲーテと聖書から言葉を選んでいたと思う、と林氏。

以下、ランダムに。

ランチャーにセットされたペンシルの写真。水平射ちではなく立ててある。珍しいと思うと垣見氏「これはペンシルじゃない」。写真にはしっかり「ペンシル」と入っているが、実際には独自ロケットだそうである。

K-8型10号機の事故の際に懺悔箱というのがあった。王様の耳はロバの耳式に関係者が箱に向かって話したのを録音したテープがあるはず。出てきたら面白い。

'69/1/16(?)、富士山の乱気流による飛行機の空中分解事故があった。その時に打ち上げたラムダが90°横に飛んで行方不明に。もしやと思ったが、ロケットの破片は出なかった。

林氏、40年前、娘に「みゅう」と名付けた。「普通のおばさんになりましたけどね」。それに対して、「その前ならカッパだったんですか」(あさり)。「次はラムちゃん」(笹本)。

内之浦に「ニューロケット」という店がある。「てっきりミューロケットの間違いと思ったら、もともとロケットって店があって、その新装開店だった」(松浦)。

林氏、雲の写った航空(衛星?)写真を見せ、「ここに龍が2匹いて、ジャワ島地震の前にはこの雄雌がすれちがったんだけど、どーんと行ったのが地震。こういうことがあるんですよ」。本気なのか冗談なのか。技術を極めてもその先に人の力の及ばない領域があるというのは、一級の技術屋の実感なのかもしれない。

特等席でのM5見学の話。固体燃料はやかましく液体は静かだとか、いやサターン5はうるさい、それは振動のせいだろうとか。休憩時間にはその秘密の打上げビデオが流れる。凄い音。しかし、現場では衝撃波が圧倒的だというから、実際に見たら腹の底から揺さぶられるのだろう。

アメリカの宇宙開発だったら、NACAがあって、スプートニクショック、NASA発足、ケネディの演説で・・・と歴史を押さえられるが日本のは見えない。その辺を本にまとめなよ、と水を向けられる松浦氏。会場拍手。「今拍手した人、買うね?」でさらに大きな拍手。読者層は限られるだろうが、林氏や垣見氏にも徹底取材して、是非書いて欲しい。

例によって演壇にはペンシル実物やらロケットの電気系統コネクタやら並べてあるが、その中のロケットモーターを取り上げて点火玉を近付け、「推進薬入ってるんだけど、つけてみますか」「やめてください。踊り狂いますよ」。
その代わりに、スナケシ状の推進薬を小さく切って灰皿の上で点火。点火玉に電池を繋いで「パチン」もやったし、火遊びはもはや恒例か。

おそらく林氏が手土産に何十部か持ってきた「ISASニュース 2007.1 特集 性能計算書とM(ミュー)の衛星(こども)たち」を一部せしめた。PDF版はこちら ⇒ https://www.isas.jaxa.jp/ISASnews/No.310/ISASnews310.pdf
『宇宙の傑作機4.5 X-20ダイナソア 増補改訂版』は普通の頒価で購入。

2007/3/21(水・祝) 熊倉沢2007年03月21日 00:00

K室・H&I夫妻のお誘いを受けて、無名山塾の自主山行として南秋川(奥多摩)の沢登り。メンバはこの3人のみ。

8時過ぎに武蔵五日市駅でK室夫妻の車にピックアップしてもらい、矢沢林道から熊倉林道へ。熊倉林道へは入口のゲート(なんと呼ぶのか、道路や敷地に置いて通行止めや工事中を示すアレ)をどかして進入。荒れた道を行くと林道終点の手前が崖崩れで通行不能となっていた。最近の崩落とはいえ昨日今日のものとは見えないが、手当はまったくされていない。
崖崩れ
崩落の手前に駐車して身支度。予報よりも上天気だが、沢に入ると寒いかと雨具の上着を着ける。足元は普通の登山ズボンに沢靴、沢用スパッツ。
9:40 歩き始め、10時に林道終点(標高480m)から熊倉沢の左俣に入渓。仕事道に掛かる橋(木端が新しく、林業が生きているらしい)を潜って、二股から西沢へ。水は流れているが足首まで浸かる程度。それもなるべく濡れないように行く。滝も小さなものばかりでロープを出すこともなく登っていくが、苔が付いて滑りやすいところは水を避ける訳にもいかない。靴に浸水するとさすがに少し冷たかった。結構大きな石でも乗ると動くものが多い。
熊倉沢
標高550m付近に炭焼き跡を見る。
炭焼き跡
奇妙なキノコ
610m付近で遡行図にある大岩。この辺で水音が小さくなり、やがて伏流に。乾いた石と落ち葉の上を歩いていると暑くなって雨具を脱ぐ。右側斜面からさらさらと土の崩れてくる箇所もある。水流は少し行くと復活したが、足を濡らすほどもない。

標高700m付近で沢の分岐に出た。遡行図では分岐を右に行って尾根に上がるのだが、まだそこまで達していないと判断、本流と思われる左へ。
しかし何か様子がおかしい。最初はガレた斜面だったのが土の急傾斜となり、沢などどこへやら。足もとがずるずると落ちるのでまっすぐに立っていられない。しかし、見上げれば稜線らしき部分が空を切り取っているので強引に上がる。I氏は右寄りへ、自分とH氏は左寄りへ。土の斜面をキックステップし、倒木を掴み、靴も手も泥だらけ。沢登りに来て核心がこの斜面とは。

ようやく尾根に上がり、標高860mで3人合流。自分とH氏は2万5千図の熊倉山の「倉」の字の上付近と見当を付けたが、I氏はもっと西ではないかと言う。ともかく尾根上を行くと登山道に出た。
尾根上の道祖神
3人ともどうも見当と違うが、12:24に熊倉山頂、標高966m。いったいどこを上がってきたのか、GPSデータを地図に表示してみるのが楽しみだ。

一休みして12:45下山開始。高度とかすかな踏み跡を頼りに登山道を離れる。東沢を下るのだが、最初はまったく水がない。倒木を潜り、乾いた落ち葉を踏む。下に岩が隠れていたりで歩きづらい。水が出てきた時にはホッとした。
5mの滝でロープを出して懸垂下降。次の2段15mは滝に合わせて2回に分けて懸垂。いずれも30mロープで足りた。
懸垂下降
暖かくて積極的に足を水に浸けて歩いたりもしたが、14時を過ぎると空気が冷たくなってくる。
14:50 入渓点に戻って終了。
足慣らしとして、またルートファインディング(失敗したらしいが)からも面白い沢だった。

汗をかいたので、「生涯青春の湯 つるつる温泉」へ。浴場は小さめだが、休憩室で頼める料理は値段の割にボリュームがある。地ビール(I氏は運転があるので飲まないが)にもつ煮、豆腐、焼き鳥など頼む。食事の山菜セット(蕎麦+ご飯)も美味しかった。

帰宅してカシミール3DでGPSデータを見てみると、おやまあ。
なんと大岩の辺りで左に行くべきところを右に入ってしまっている。遡行図を見直すと確かに分岐しているが、歩いていてまったく気付かなかった。その後、例の急傾斜を尾根に上がってルートに近づいているが、登山道に出たのは本来の沢の西側の尾根からであった。ポイントポイントでコンパスを合わせて進路確認しないとなぁ。

■今回のルート
熊倉沢ルート

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