2025/11/5(水) 「てっぺんの向こうにあなたがいる」 ― 2025年11月05日 14:25
「てっぺんの向こうにあなたがいる」鑑賞@イオンシネマ熊谷。
⇒ 作品公式サイト
無名山塾の先輩・坂口理子氏の脚本になる、田部井淳子の自伝をベースにした物語。
1975年、女性だけの登山隊がエベレストを目指し、田部井(劇中では多部)一人が登頂。彼女だけが脚光を浴びる結果となり、メンバの多くは離れて行った。そこから映画は老年期を迎えた田部井がガンを宣告されて以後、エベレスト当時、エベレストから10数年後、夫と出会った若い頃、と行き来しながら、前向きに生き抜いた彼女の人生を描いていく。
ラストは夫婦愛でまとめているが、タイトルの「あなた」は田部井視点での夫に限らず、彼女の家族相互であり、支えあって山を目指した仲間でもあったろう。
吉永小百合の田部井は言うまでもなく、青年期を演じたのんも良い。
⇒ 作品公式サイト
無名山塾の先輩・坂口理子氏の脚本になる、田部井淳子の自伝をベースにした物語。
1975年、女性だけの登山隊がエベレストを目指し、田部井(劇中では多部)一人が登頂。彼女だけが脚光を浴びる結果となり、メンバの多くは離れて行った。そこから映画は老年期を迎えた田部井がガンを宣告されて以後、エベレスト当時、エベレストから10数年後、夫と出会った若い頃、と行き来しながら、前向きに生き抜いた彼女の人生を描いていく。
ラストは夫婦愛でまとめているが、タイトルの「あなた」は田部井視点での夫に限らず、彼女の家族相互であり、支えあって山を目指した仲間でもあったろう。
吉永小百合の田部井は言うまでもなく、青年期を演じたのんも良い。
2025/11/7(金) 「羅小黒戦記2」 ― 2025年11月07日 08:55
「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)2 ぼくらが望む未来」鑑賞@イオンシネマ熊谷。
⇒ 作品公式サイト
前作のラストを承け、ムゲンの下で修業に励むシャオヘイ。そこに現れた姉弟子と共に、ムゲンと別れて大きな争いに巻き込まれていく。のっけから妖精と人間の戦闘シーンで、双方に死者も出る。妖精同士の戦いがメインだった前作に比して、アクション内容が殺伐とした方向に傾いているのは少々寂しい。
人間と妖精は「ぼくらが望む未来」を手に入れられるのか、結末には至っていない。「3」以降があるのだろうか。
⇒ 作品公式サイト
中国製アニメーション映画。前作が楽しめる出来だった(⇒ 2019/11/26記事)ので、今回も映画館に出向いた。前作を吹替で観て違和感なかったし、字幕版は夜1回のみの上映なので、吹替版を選択。今日が初日で、来場者特典にキャンバスボードと前作の復刻パンフを貰った。
前作のラストを承け、ムゲンの下で修業に励むシャオヘイ。そこに現れた姉弟子と共に、ムゲンと別れて大きな争いに巻き込まれていく。のっけから妖精と人間の戦闘シーンで、双方に死者も出る。妖精同士の戦いがメインだった前作に比して、アクション内容が殺伐とした方向に傾いているのは少々寂しい。
人間と妖精は「ぼくらが望む未来」を手に入れられるのか、結末には至っていない。「3」以降があるのだろうか。
2025/11/9(日) 日光白根山(敗退) ― 2025年11月09日 00:00
自分が担当の八ッ峰クラブ山行。丸沼高原からロープウェイを利用、南側から白根山へ登り、座禅山下から西へ向かってロープウェイ駅に戻る計画。I田・T氏、A石・S氏、A井・T氏、T橋・Y氏に、ゲストT橋・T氏が参加して、6名パーティとなった。
前日までの好天は持続せず、当日は雨予報。ヤマテンでは一時雪マークも付いている。ライブカメラで見ると、先週既に降雪を見た山頂付近も、昨日までに雪はほぼ消えたようだが・・・ 登頂できるか途中撤退かは天候と積雪次第で現地判断として、貸切りワゴン車(7000円/人)で出掛けた。なお、ゲストT橋氏からは前日のうちに「雨なら下で待つ」との連絡あり。
9時前に丸沼高原に到着。予報通りの小雨で肌寒く、観光客もほとんどいない。ゲストT橋氏は予告通りここで待つと言うので、本人の意思に任せる。
本日が営業最終日の日光白根山ロープウェイ(往復2500円/人)で山麓の標高1400mから一気に2000mの山頂駅へ。ここで雨具を着けた。山頂はガスに隠れて見えないが、白根山は思った以上に白くなっている。事前に「持っている人は軽アイゼンまたはチェーンスパイクを持参」と指示しておいた。どちらも持っていないT橋氏は最初、山頂駅で待っていると言っていたが、山を前にすると行けるところまではと気持ちが動いたようだ。
レストランの前を通りかかると、通路に出ていた従業員が「山頂から北は凍っていて滑るので行かない方が良い」と注意してくれた。ここから眺める山頂部の様子からも、北側へ下りる計画は取り止めるべきだろう。現地の案内図(下の地図は丸沼高原HPより)に従えば、「史跡散策コース」から「白根山ルート」へ入って往復することになる。もっとも、今回は山頂まで行けるかどうか分からない。コース入口の二荒山神社は、拝殿に貼ってあるQRコードでお賽銭をpaypay払いできるようだ。山行の無事をお願いし、9時半に出発。雨はさほど気にならず、気温は10℃を下回る程度だが、「史跡散策コース」の足元が次第に白くなってきた。先行する登山靴の跡がある。大日如来を過ぎて七色平への分岐(2110m)に10:10。ここから「白根山ルート」で、山腹をじりじりと登っていく登山道となる。幸い雨はほとんど止んだが、火山らしく道に岩が増えてくると、靴がややスリップする感じも出てきた。10時半、地形図で西に向かっている長い凹地の頭の箇所に「地獄ナギ」の指導標あり(「ナギ」とは頻繁な山崩れなどで土壌が露出した崩壊地のこと)。「大日如来」の次が「地獄」とは。地図を見れば周辺は「賽の磧(かわら)」「血の池地獄」「座禅山」「弥陀ヶ池」と地獄極楽オンパレードだ。「七色平」も極楽浄土のイメージだとか。
11時過ぎ、A石氏とT橋氏が「ここまでにして先に下りる」と言うので、二人でも特に危険はないと判断して許可。後はI田氏、A井氏との3人となった。そこからもう少し進めば展望が得られるのでは・・・と、やや平坦な道とちょっとした登りとを繰り返す。が、景色は代わり映えせず、2330m付近の安全な箇所で打切りとした。時刻は11:50、計画では12時過ぎに登頂予定だったので、時間的にも頃合いだ。気温は3℃まで下がり、薄い手袋では指がかじかむ。
残念ながら木間越しの山頂方向はガスで何も見えないが、ともかく記念撮影。ここまでノーアイゼンで来たが、下りでのスリップ防止に、自分はチェーンスパイク、他二人は軽アイゼンをそれぞれ装着。A井氏のプラスチックベルトが片方切れるというトラブルがあったが、このルートならば片足でも十分効果はある。来た道を戻り、高度を下げるうちにまた降り出した。
14時に山頂駅に戻ると、先に下りた二人がレストランで待っていた。皆、山麓駅での入浴は不要と言うので、こちらも暖かい蕎麦など食べる。
5人揃ってロープウェイで下山。行動中はまったく人に会わなかったが、ロープウェイ係員の話では我々含め3組の登山者がいたとのこと。先行者は山頂を越えたのだろうか。
前日までの好天は持続せず、当日は雨予報。ヤマテンでは一時雪マークも付いている。ライブカメラで見ると、先週既に降雪を見た山頂付近も、昨日までに雪はほぼ消えたようだが・・・ 登頂できるか途中撤退かは天候と積雪次第で現地判断として、貸切りワゴン車(7000円/人)で出掛けた。なお、ゲストT橋氏からは前日のうちに「雨なら下で待つ」との連絡あり。
9時前に丸沼高原に到着。予報通りの小雨で肌寒く、観光客もほとんどいない。ゲストT橋氏は予告通りここで待つと言うので、本人の意思に任せる。
本日が営業最終日の日光白根山ロープウェイ(往復2500円/人)で山麓の標高1400mから一気に2000mの山頂駅へ。ここで雨具を着けた。山頂はガスに隠れて見えないが、白根山は思った以上に白くなっている。事前に「持っている人は軽アイゼンまたはチェーンスパイクを持参」と指示しておいた。どちらも持っていないT橋氏は最初、山頂駅で待っていると言っていたが、山を前にすると行けるところまではと気持ちが動いたようだ。
レストランの前を通りかかると、通路に出ていた従業員が「山頂から北は凍っていて滑るので行かない方が良い」と注意してくれた。ここから眺める山頂部の様子からも、北側へ下りる計画は取り止めるべきだろう。現地の案内図(下の地図は丸沼高原HPより)に従えば、「史跡散策コース」から「白根山ルート」へ入って往復することになる。もっとも、今回は山頂まで行けるかどうか分からない。コース入口の二荒山神社は、拝殿に貼ってあるQRコードでお賽銭をpaypay払いできるようだ。山行の無事をお願いし、9時半に出発。雨はさほど気にならず、気温は10℃を下回る程度だが、「史跡散策コース」の足元が次第に白くなってきた。先行する登山靴の跡がある。大日如来を過ぎて七色平への分岐(2110m)に10:10。ここから「白根山ルート」で、山腹をじりじりと登っていく登山道となる。幸い雨はほとんど止んだが、火山らしく道に岩が増えてくると、靴がややスリップする感じも出てきた。10時半、地形図で西に向かっている長い凹地の頭の箇所に「地獄ナギ」の指導標あり(「ナギ」とは頻繁な山崩れなどで土壌が露出した崩壊地のこと)。「大日如来」の次が「地獄」とは。地図を見れば周辺は「賽の磧(かわら)」「血の池地獄」「座禅山」「弥陀ヶ池」と地獄極楽オンパレードだ。「七色平」も極楽浄土のイメージだとか。
11時過ぎ、A石氏とT橋氏が「ここまでにして先に下りる」と言うので、二人でも特に危険はないと判断して許可。後はI田氏、A井氏との3人となった。そこからもう少し進めば展望が得られるのでは・・・と、やや平坦な道とちょっとした登りとを繰り返す。が、景色は代わり映えせず、2330m付近の安全な箇所で打切りとした。時刻は11:50、計画では12時過ぎに登頂予定だったので、時間的にも頃合いだ。気温は3℃まで下がり、薄い手袋では指がかじかむ。
残念ながら木間越しの山頂方向はガスで何も見えないが、ともかく記念撮影。ここまでノーアイゼンで来たが、下りでのスリップ防止に、自分はチェーンスパイク、他二人は軽アイゼンをそれぞれ装着。A井氏のプラスチックベルトが片方切れるというトラブルがあったが、このルートならば片足でも十分効果はある。来た道を戻り、高度を下げるうちにまた降り出した。
14時に山頂駅に戻ると、先に下りた二人がレストランで待っていた。皆、山麓駅での入浴は不要と言うので、こちらも暖かい蕎麦など食べる。
5人揃ってロープウェイで下山。行動中はまったく人に会わなかったが、ロープウェイ係員の話では我々含め3組の登山者がいたとのこと。先行者は山頂を越えたのだろうか。
ゲストT橋氏と合流し、屋根の下で駐車場向こうの紅葉をバックに全員の集合写真を撮って、山行を無事に終了した。
■今回のルート
2025/11/13(木)~11/14(金) 信州峠~小川山~瑞牆山 ― 2025年11月13日 00:00
T中・H氏と無名山塾の自主山行。
■11/13(木)
T中氏のクルマで信州峠(1470m)へ。駐車スペースに停めてある3台は、峠の西の横尾山への登山者だろうか。10:45に歩き始め。明るい曇り。
小川山方向への目印は無いが、県境標識の位置から笹の急斜面についた踏み分けを登ると、皆が手を掛けるのか手前に傾いている「信州峠」の碑があった。落葉を敷き詰めた樹林帯に、なるべく県境の標石(山梨でよく見る「恩」)を追う。おおよそ踏み跡はあるが、倒木で一時見失うこともあり。足元に岩の出てきた斜面の先が、昭文社山と高原地図(手持ちは「金峰山・甲武信」2022年版。以下「地図」と表記)にある「石ッコツ」(1640m)。面白い地名だが、現地を見るとなるほどという印象だ。ピークから続く岩を乗り越えていったら、方向違いで北尾根に入り込んでしまった。引き返して南東向きの笹尾根に乗り、1605mから東へ。広い斜面に明瞭な目印はなく、適当に下りる。北の高登谷山(たかとやさん)登山口方向への道を跨いで登りにかかると、笹原に立つ木の根方に古いドラム缶罠が転がっていた。
1657.7m三角点を過ぎた1730m小ピークが「フシノソリ」のようだ。ここには地形図に無い三角点標石あり。樹幹に「山梨県境一周記念 1968年」のプレートが付いているが、57年前のものとはやや信じがたい。送電鉄塔を通過し、林道末端の鞍部「萱ダワ」(1700m)に14時。ここから登っていく道形も見えるが、コンパスと赤テープ、大岩にスプレーされた何かの数字に導かれて尾根を辿る。すると、シャクナゲが出てきて尾根も狭まってきた。シャクナゲを押し分け、行く手を阻む岩は乗り越えるのか巻くのか、人の通った跡を探しながら進む。上掲のヤマレコ記録にはこの辺で「岩場を迂回する時に沢の近くを通る」とあり、自分はそこで水を取るつもりでいた。ところが悪戦苦闘しつつ高度を上げていくと、水の気配の無いまま1915mに登りついてしまった。萱ダワから1時間を要して既に15時過ぎだ。手持ちの水は残り700mlほどと乏しいが、今日はそれほど汗をかいていないし、炊事で節約すれば明日も渇き死にすることはあるまい。T中氏は水に余裕を見て持ってきたと言うので、いよいよの時は分けてもらおう。
1915mの先にもまだシャクナゲ帯があり、なかなか楽をさせてくれない。踏み跡に引き込まれて県境尾根を外しかけたりもして、16:20に松ネッコ(2110m)に到着した。松ネッコから南東に下った緩斜面に泊まれる見込みで来たのだが、薄暗くなる中、樹林の間にこれといったスペースは見当たらない。踏み跡が多少広くなっている箇所を見繕い、各々のソロテントを少し離れて設営した。テントに入ってみるとやはり床が斜めだが、一晩であればなんとか過ごせる。アルコールは体内での分解に水を消費するので摂取を控えめにして、テント壁側にずり落ちながら就寝。
■11/14(金)
今日はまず松ネッコに戻り、その北の「大双里」を踏んでおく。ザックを担いで5:45に出発。松ネッコからテントまでの短い区間さえ明瞭とは言い難く、荷物をデポしたら見失いかねない。
松ネッコにザックを置いて2102.4m三角点(基準点名は「白床」)まで往復する途中で東の空が明るくなった。今日はまったくの上天気。三角点標石は自然石か石碑か判然としない石と並んでいる。6:20、松ネッコからあらためて出発。まだ藪もあるが、昨日に比べれば楽なものだ。小川山に近づくと、風化作用が削り残したような大岩の堆積が現れる。最後の登りでまたシャクナゲに突っ込み、8時半、小川山(2418.4m)に登頂した。小川山から県境線を辿って南下する道は地図の破線ルートであるが、指導標に乏しいだけで十分に歩きやすい。瑞牆山東尾根と接続する箇所を見逃さないよう注意していたが、まだ新しい「みずがき山へ」の木札が付いていた。古い「至ル小川山 至ル大日岩」の札も地面に置かれている。瑞牆山東尾根には踏み跡と要所に赤テープが付いているが、一部不明瞭で、ルートを探す場面もあった。地形図で2213mを過ぎた岩崖マーク付近にはダイダラボッチの達磨落しかと思うような大岩。ロープが掛かっていてこれを登るのか?と近づいてみると林業用ワイアの残骸だった。岩を巻いていく足元にも岩の隙間の深い穴があり要注意。鞍部を過ぎた次の岩崖マークは北側をトラバースして通過する。が、左手へ少し登るように付いた赤テープがあり、そちらに行ってみると樹林から出て南側の展望が開けた。トラバースルートに戻ってさらに奇岩を見ながら進むと、熊鈴が聞こえて一般ルートに合流した。こちらには不用意に東尾根に入り込まないようロープが張られているが、入口と同じ人の手になるのであろう「小川山へ」の木札あり。巨岩に掛かったハシゴを登り、11:15、瑞牆山(2230m)に登頂。この山頂は21年ぶり、3回目となる(⇒ 2004/3/20~21記事、その前は2001/11/18)。岩の上に立ち、しばし大絶景を楽しんだ。 ↑間ノ岳、北岳~仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、鋸岳 ↑鋸岳の右奥に中央アルプス(南駒ヶ岳~木曾駒ヶ岳、将棊頭山) ↑八ヶ岳。眼下中央辺りの信州峠から右に回り込んで歩いてきた。 ↑眼下の紅葉
下山は黒森コースを取る。夫婦岩を過ぎた次の垂直の岩場にはクライマーが一組取り付いていた。不動滝では休憩していた単独男性が野点のお茶を御馳走してくれた。林道終点は広くなっており、駐車車両もあった。林道を進むと、道脇の古ぼけた道標にある「芝生公園」はみずがき山自然公園のことらしい。林道終点から30分程で分岐する松平林道はやがて未舗装になるものの特段に荒れている訳ではなく、信州峠へのルートとして地図に載せても良いと思う。15時半、信州峠に帰着。瑞牆山からの下山行程が存外に長かった。水は不足する前にT中氏が少し分けてくれて好きなだけ飲んだが、終わってみると、自前分でほぼ間に合った。
横川SAで食事して帰宅。
■今回のルート
信州峠から小川山、瑞牆山へと長野-山梨県境を辿るルートはヤマレコから見つけて、以前からマークしていた。ただし早朝発日帰りのヤマレコに対して、今回は山中一泊、後半は瑞牆山荘を経由せず信州峠に近い北寄りの黒森コースで計画。紅葉目当ての気楽な山行のつもりだったが、ヤマレコから予想したよりも困難な箇所があり、大いに堪能できた。
■11/13(木)
T中氏のクルマで信州峠(1470m)へ。駐車スペースに停めてある3台は、峠の西の横尾山への登山者だろうか。10:45に歩き始め。明るい曇り。
小川山方向への目印は無いが、県境標識の位置から笹の急斜面についた踏み分けを登ると、皆が手を掛けるのか手前に傾いている「信州峠」の碑があった。落葉を敷き詰めた樹林帯に、なるべく県境の標石(山梨でよく見る「恩」)を追う。おおよそ踏み跡はあるが、倒木で一時見失うこともあり。足元に岩の出てきた斜面の先が、昭文社山と高原地図(手持ちは「金峰山・甲武信」2022年版。以下「地図」と表記)にある「石ッコツ」(1640m)。面白い地名だが、現地を見るとなるほどという印象だ。ピークから続く岩を乗り越えていったら、方向違いで北尾根に入り込んでしまった。引き返して南東向きの笹尾根に乗り、1605mから東へ。広い斜面に明瞭な目印はなく、適当に下りる。北の高登谷山(たかとやさん)登山口方向への道を跨いで登りにかかると、笹原に立つ木の根方に古いドラム缶罠が転がっていた。
1657.7m三角点を過ぎた1730m小ピークが「フシノソリ」のようだ。ここには地形図に無い三角点標石あり。樹幹に「山梨県境一周記念 1968年」のプレートが付いているが、57年前のものとはやや信じがたい。送電鉄塔を通過し、林道末端の鞍部「萱ダワ」(1700m)に14時。ここから登っていく道形も見えるが、コンパスと赤テープ、大岩にスプレーされた何かの数字に導かれて尾根を辿る。すると、シャクナゲが出てきて尾根も狭まってきた。シャクナゲを押し分け、行く手を阻む岩は乗り越えるのか巻くのか、人の通った跡を探しながら進む。上掲のヤマレコ記録にはこの辺で「岩場を迂回する時に沢の近くを通る」とあり、自分はそこで水を取るつもりでいた。ところが悪戦苦闘しつつ高度を上げていくと、水の気配の無いまま1915mに登りついてしまった。萱ダワから1時間を要して既に15時過ぎだ。手持ちの水は残り700mlほどと乏しいが、今日はそれほど汗をかいていないし、炊事で節約すれば明日も渇き死にすることはあるまい。T中氏は水に余裕を見て持ってきたと言うので、いよいよの時は分けてもらおう。
1915mの先にもまだシャクナゲ帯があり、なかなか楽をさせてくれない。踏み跡に引き込まれて県境尾根を外しかけたりもして、16:20に松ネッコ(2110m)に到着した。松ネッコから南東に下った緩斜面に泊まれる見込みで来たのだが、薄暗くなる中、樹林の間にこれといったスペースは見当たらない。踏み跡が多少広くなっている箇所を見繕い、各々のソロテントを少し離れて設営した。テントに入ってみるとやはり床が斜めだが、一晩であればなんとか過ごせる。アルコールは体内での分解に水を消費するので摂取を控えめにして、テント壁側にずり落ちながら就寝。
■11/14(金)
今日はまず松ネッコに戻り、その北の「大双里」を踏んでおく。ザックを担いで5:45に出発。松ネッコからテントまでの短い区間さえ明瞭とは言い難く、荷物をデポしたら見失いかねない。
松ネッコにザックを置いて2102.4m三角点(基準点名は「白床」)まで往復する途中で東の空が明るくなった。今日はまったくの上天気。三角点標石は自然石か石碑か判然としない石と並んでいる。6:20、松ネッコからあらためて出発。まだ藪もあるが、昨日に比べれば楽なものだ。小川山に近づくと、風化作用が削り残したような大岩の堆積が現れる。最後の登りでまたシャクナゲに突っ込み、8時半、小川山(2418.4m)に登頂した。小川山から県境線を辿って南下する道は地図の破線ルートであるが、指導標に乏しいだけで十分に歩きやすい。瑞牆山東尾根と接続する箇所を見逃さないよう注意していたが、まだ新しい「みずがき山へ」の木札が付いていた。古い「至ル小川山 至ル大日岩」の札も地面に置かれている。瑞牆山東尾根には踏み跡と要所に赤テープが付いているが、一部不明瞭で、ルートを探す場面もあった。地形図で2213mを過ぎた岩崖マーク付近にはダイダラボッチの達磨落しかと思うような大岩。ロープが掛かっていてこれを登るのか?と近づいてみると林業用ワイアの残骸だった。岩を巻いていく足元にも岩の隙間の深い穴があり要注意。鞍部を過ぎた次の岩崖マークは北側をトラバースして通過する。が、左手へ少し登るように付いた赤テープがあり、そちらに行ってみると樹林から出て南側の展望が開けた。トラバースルートに戻ってさらに奇岩を見ながら進むと、熊鈴が聞こえて一般ルートに合流した。こちらには不用意に東尾根に入り込まないようロープが張られているが、入口と同じ人の手になるのであろう「小川山へ」の木札あり。巨岩に掛かったハシゴを登り、11:15、瑞牆山(2230m)に登頂。この山頂は21年ぶり、3回目となる(⇒ 2004/3/20~21記事、その前は2001/11/18)。岩の上に立ち、しばし大絶景を楽しんだ。 ↑間ノ岳、北岳~仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、鋸岳 ↑鋸岳の右奥に中央アルプス(南駒ヶ岳~木曾駒ヶ岳、将棊頭山) ↑八ヶ岳。眼下中央辺りの信州峠から右に回り込んで歩いてきた。 ↑眼下の紅葉
下山は黒森コースを取る。夫婦岩を過ぎた次の垂直の岩場にはクライマーが一組取り付いていた。不動滝では休憩していた単独男性が野点のお茶を御馳走してくれた。林道終点は広くなっており、駐車車両もあった。林道を進むと、道脇の古ぼけた道標にある「芝生公園」はみずがき山自然公園のことらしい。林道終点から30分程で分岐する松平林道はやがて未舗装になるものの特段に荒れている訳ではなく、信州峠へのルートとして地図に載せても良いと思う。15時半、信州峠に帰着。瑞牆山からの下山行程が存外に長かった。水は不足する前にT中氏が少し分けてくれて好きなだけ飲んだが、終わってみると、自前分でほぼ間に合った。
横川SAで食事して帰宅。
■今回のルート
2025/11/22(土) 白丸ダム、有間ダム ― 2025年11月22日 00:00
紅葉が良い処へと思ってバイクを出す。
飯能の有間渓谷に行くことにして、どうせならと奥多摩まで足を伸ばした。
まず、白丸ダムへ。
⇒ 東京都交通局
ここの魚道は、週末と水曜に公開しているらしい。
螺旋階段を下りると、結構な勢いで流れている魚道。疲れた魚はコの字に入って休めるのかしらん。魚道から出て、調整池の南側を数馬峡橋まで往復した。
数馬峡橋近くのアースガーデンにも心が動いたが、昼食は鳩の巣釜めしへ。人気店故、12時半に行って30分以上待たされた。待った甲斐があって、きのこ釜めしセット(1950円)が美味。
締め括りに有間渓谷へ。ダムを通り越して有間渓谷観光釣り場まで行ってみたが、紅葉する樹はそれほどない。やはり、ダム周辺で日の当たっているところが綺麗だ。
本日の走行距離、約120km。
飯能の有間渓谷に行くことにして、どうせならと奥多摩まで足を伸ばした。
まず、白丸ダムへ。
⇒ 東京都交通局
ここの魚道は、週末と水曜に公開しているらしい。
螺旋階段を下りると、結構な勢いで流れている魚道。疲れた魚はコの字に入って休めるのかしらん。魚道から出て、調整池の南側を数馬峡橋まで往復した。
数馬峡橋近くのアースガーデンにも心が動いたが、昼食は鳩の巣釜めしへ。人気店故、12時半に行って30分以上待たされた。待った甲斐があって、きのこ釜めしセット(1950円)が美味。
締め括りに有間渓谷へ。ダムを通り越して有間渓谷観光釣り場まで行ってみたが、紅葉する樹はそれほどない。やはり、ダム周辺で日の当たっているところが綺麗だ。
本日の走行距離、約120km。











































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