2023/5/3(水・祝)~5/5(金・祝) 毛勝山(敗退)2023年05月03日 00:00

無名山塾の応用ステップ。Y田・M氏をリーダーとして、劔岳の北方稜線に繋がる毛勝山に西北尾根から登る計画。6年前には同氏と二人で毛勝三山を歩こうとして果たせず、谷ルートで毛勝山北峰のみ踏んでいる(http://marukoba.asablo.jp/blog/2017/05/03/9189570)。今回は参加者が少なそうだったので賑やかしになればと参加表明したら、その後に増えて総勢9名の大パーティとなった。結果は、いくらも登らないうちにメンバの一人が足首を捻ったために撤退。雪山シーズンの最後はアイゼンどころか手袋さえ着けずに終わった。

■5/3(水・祝)
富山駅に集合、あいの風とやま鉄道に乗り換えて魚津へ。予約しておいたジャンボタクシー(魚津交通)で片貝第四発電所まで。道路に雪は無いが、ここで冬期通行止めになっている。通行止め看板の横をすり抜ける車もあるが、タクシーにそれは無理だ。
片貝第四発電所から出発
身支度して10時半に歩き始め。晴れ、ザックに付けた温度計では22℃。雪は道路の片側に時折残っている程度で、山菜のコゴミもほとんど伸び切ってしまっている。片貝山荘を過ぎて東又谷を渡っても相変わらず。これでは予定していた1070m付近まで登っても泊まれる(水を作れる)だけの雪は無いだろう。前回テントを張った道路脇のスペースを確認し、最近設置されたらしい西北尾根入口の標識を過ぎて行くと慰霊碑の建つ広場があったので、ここをテント場とした。テントは3人ずつの3張り。自分は、八ッ峰クラブメンバから山を引退する知人のものとして先日譲り受けたPAINEテント(3~4人用)を持参した。事前に組み立ててみて張り綱は交換したので、古くても問題無いはずだが...(*1) テント設営してもまだ12時半だ。
西北尾根入口
テント設営
慰霊碑は平成22(2010)年の堰堤工事中の岩盤崩落事故のもの。広場は堰堤の高さだが、細木の疎らに生えた傾斜で河原に下りることができる。堰堤の上に立つと、阿部木谷の上流に向かって正面が毛勝山だ。雪は無くもないが、前回登った毛勝谷も泥で汚れている。一方、西北尾根の取付きとなる左手の山は新緑が青々として夏山と変わらない。
西北尾根取付きと山頂
毛勝山
しばらくそれぞれに時間を潰していたが、やがて広場の入口を仕切る大石の辺りに集まって早めの宴会&食事となった(食事はテント単位で、自分のテントでは夕食2回をY重樫氏、N村氏に担当してもらった)。今回は定着(テン場をベースに山頂往復)ということもあってアルコールを多めに持参するメンバもおり、中でもA井氏は少々飲み過ぎ。テントに入る時間になっても地面にひっくり返っていた。
慰霊碑広場前を下りて行った登山やスキーのパーティは合計10人程だったか。連休&好天の北アルプスとしては静かなものだ。

■5/4(木・祝)
4:40出発。7℃、晴れ、無風。
北尾根入口の標識から入って少し登ると、ロープの付いた急登。ロープは何か所も続き、地形図で判っているとは言えなかなかキツい傾斜だ。
西北尾根取付きの急登
下りでは転げ落ちそうだと思っていると、Y田リーダーが「下りは毛勝谷~阿部木谷にしましょう」。テント場を変更したため本日は行動時間が長く、暗くなった頃に疲労が重なるとこの急斜面は危ないとの判断。谷ルートも雪が薄くて歩きづらいかもしれないが、多少よろけても直接怪我には結び付かないだろう。
1時間半ほど登って傾斜の緩むのがテント場に予定していた1070m付近。ようやく雪が出てきたが、汚れて消え残っている程度。平坦地も狭く、下に泊まったのは正解だった。
テント予定地
傾斜の緩んだ尾根を登る。足元にはイワカガミやイワウチワ、残雪の上の枝にマンサクの花。右手(北)には僧ヶ岳から駒ヶ岳(下の写真は下山時に撮影)が眺められる。
花
僧ヶ岳から駒ヶ岳
1300m辺りで休憩後に歩き出したところで、A井氏が躓いた拍子に足首を捻った。本人は大丈夫と言うが、靴を脱がせるとみるみる腫れてきた。これ以上登るのは無理とのリーダー判断で、A井氏はテーピングの上、Y田氏が後ろからロープで補助して下りることとなった。A井氏だけでなく全員がハーネス、ヘルメットを装着。自分が露払いし、T橋氏が続いてA井氏に足元の注意など与えつつ下り、11時半に尾根入口に戻った。A井氏の足は急を要する状態ではなく、自分で歩けたのは不幸中の幸い。
負傷
テント場に落ち着いたところで、さてこれからどうするか? もともとは山中泊で、明日、片貝山ノ守キャンプ場からタクシーを呼ぶ予定だった。相談の結果、とにかく電話の通じるキャンプ場まで行くこととなり、テントを撤収して13時半に歩き出した。
第四発電所を通過し、その下の第三発電所を過ぎた辺りでA永氏のスマホ(au)が通じた。キャンプ場に問い合わせてみると、空きはテント1張りのみとのこと。それならばとテントを張れる場所を物色しつつ行くと、道路の山側におそらく送電鉄塔メンテ用の未舗装路があり、片貝川に流れ込む沢に行き当たって平坦になっていた。沢に下りて水も取れるので、ここでヤミテンと決定。15時半、これにて今回の山行は実質的に終了。明日はタクシーが6時に来てくれることになった。
今日もまたテント外で宴会&食事。ブヨだろうか、手足を何か所も喰われて痒い。
道路脇にテント

■5/5(金・祝)
予定通りに来てくれたジャンボタクシーで、前回と同じ辻わくわくランドへ。運転手さんは地元の山を登りまくって何度も死にそうになったという元山ヤで、毛勝山(けかつやま)の名は陸地測量部が勝手に付けた、西北尾根は富山県立大学の先生が自費で拓いたので県が看板を設置した、などいろいろ話してくれた。
A井氏はそのまま駅へ向かい、他は入浴後に魚津から富山に移動。自分は帰りの便を予約していなかったが、午前中は新幹線に空きがあり、11時過ぎを押さえた。
富山駅のとやマルシェで土産の他に寿司など買い求め、駅外の一角で立ったまま(座り込みは禁止!)腹ごしらえして新幹線に乗車した。

帰宅して装備を片付けていると、石川県能登地方で地震(14:42、珠洲市で震度6強)のニュース。新幹線も運転見合わせとなり、早めに帰れたのは幸いだった。

■今回のルート
毛勝山ルート

*1:帰宅後にテントを干したところ、止水テープがボロボロと剥がれ、床もべたついて加水分解が始まっている様子なので、結局は廃棄した。
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