2024/4/28(日)~4/29(月) 雁ヶ腹摺山~岩殿山 ― 2024年04月28日 00:00
3月に時間切れで未踏破となった大菩薩連嶺の東側ルート(⇒ 3/14~3/15 大菩薩嶺・鹿鳴ノ滝~大峠)を片付けよう。今回は大月駅から上和田までバスを利用し、昭文社山と高原地図の破線ルートを西進して雁ヶ腹摺山を踏み、大峠に泊。翌日、雁ヶ腹摺山から実線ルートで姥子山~セーメーバンと南下し、最後に岩殿山から大月駅へと戻る周回計画。晴れから曇り程度の予報を狙って出掛けた。
■4/28(日)
9時にバス終点の上和田に着。晴れ。
地図によるとバス停の先から左に逸れる道がある。ここかと思って「仙元塔」碑の建つコンクリ舗装に入ったが、これは違った。
民家の庭先にいた人に尋ねて、そこから細い踏み跡で正しい道に出た。コンクリ舗装の先に入口のあった道は小さな橋を渡って登り坂となる。集落のはずれで「水無山・大峰」の指導標に従って山に入った。
しかし、そこから踏み跡ははっきりせず、赤テープなどの目印も見当たらない。地形図の徒歩道(破線)は今見上げている尾根の向こう(北)側についているが、地図の登山道は尾根を忠実に辿って水無山に上がる。適当に登っていくと歩きやすい道に出て赤テープも付いていたが、あえて外して高いところを進んだ。足元に山桜の花びらが散っている。
上和田から約600mの登りで、10:45に水無山(1139m)。平坦な疎林の山頂を少し東へ進んで探してみたが山頂標は見当たらなかった。落ちていたベニヤ板がその残骸か。
明るい灌木の道で大峰へ。山梨ではお馴染みの「恩」(恩賜林)のコンクリ標石がある。11:40、小さな祠のある大峰(1403m)で休憩。1420.7m三等三角点の泣坂ノ頭を通過し、アップダウンしながら1409mを経て送電線を潜った。
その先で地図に「送電線巡視路の分岐に注意」とあるのだが、まんまとこれに嵌まった。1410mで登りを前にして右に誘導する赤テープがあり、小ピークを巻くのかとそちらへ行くと、トラロープを張った崩壊地を渡っている。踏み込むと水を含んでグズグズとしており、崩壊するのも無理はない。
崩壊個所をクリアして尾根に戻るのだろうと思いきや、道は尾根に沿ってむしろ下がり気味に続いている。道を無視して尾根に上がるか、いや、もう少し辿ってみるか・・・と進むと支尾根に当たって方向を変えていくので、これはダメだと強引に支尾根に這い上がった。支尾根から元の尾根に戻る地点(1540m)に立っていた泣坂ノ頭を指す指導標は、反対方向(西)から来た時に支尾根に入るのを防ぐ目的だろう。見るからに登山用の赤テープに騙されたが、思い返してみると崩壊地にあったプラスチック階段は巡視路によくあるものだ。尾根を外してから戻るまで40分、正しいルートに対してロスタイムは20分程度だが、傾斜が急で足元が悪い分、時間以上に疲れた。
地図に「展望良い」とある1597mの送電線鉄塔を潜り、14:50にここも三等三角点の大樺ノ頭(おおかんばのあたま、1776.7m)。
大樺ノ頭と雁ヶ腹摺山との中間の鞍部付近で、穴の中に黒い糞が収まっているのを見る。これは以前に真夏の山中で見かけて、獣の習性か虫の仕事か、それとも虫屋による罠かと思ったのと同じものか?(⇒ 2016/7/24 笹子峠~旭山/糞虫の謎) 今回のは獣のもののように見える。
雁ヶ腹摺山に向けて最後の登り。踏む人が少ないためか古びても崩れていない階段を踏み、15時半、秀麗富嶽十二景の一番山頂(1874m)に登頂した。ここにいた単独男性が今日山に入ってから見た最初の人間。残念ながら富士山方面は雲が掛かっている。景色は明日に期待することにしよう。
単独男性はいなくなり、こちらも10分ほどで腰を上げた。山頂下の枯れた草原から指導標に従って大峠へと下る。さすが実線ルート、これまでと比べて格段に歩きやすい。水場「麗水 御硯水」は峠も間近い1570m付近にあった。パイプから落ちている水をプラティパスとペットボトルに汲み、少し奥の流れを手で受けて顔を洗う。
大峠には16時半到着。上和田から7時間10分、地図のコースタイムを10分オーバーした。駐車場にはクルマが1台、原付バイクが1台いるが、この時間なら散策する人もいないだろうと東屋内にテント設営した。
落ち着いてみると、壁の上の方から「チッチッチーチー、ガサゴソ」。ログハウス風の木組みの間に何か巣食っているらしい。最初は鳥かと思ったが、どうやらネズミか何かの小動物のようだ。
新たに上がってきた若者もいたが、やがてクルマ類は皆下りて、峠は無人となった。薄暗くなっても鳥が囀り鹿が鳴いていたが、夜は静かだった。
■4/29(月・祝)
朝食を済ませて峠のトイレを使ったところ、詰まり気味で少々焦る(帰宅後、大月市HPから一報しておいた)。出発準備中に、朝の富士山狙いであろうクルマが1台上がってきた。
4時半に行動開始し、雁ヶ腹摺山に上がると5:15。夜明けの富士山が美しい。上手い具合に月もちょうど上に出ている。
旧500円札の景色を楽しんでから、大月へ向かって南下開始。
高度を下げていって林道を横切り、姥子山への登り。地形図に標高1503m記載のある西峰は地味な小ピークで、その先の東峰が秀麗富嶽十二景。雁ヶ腹摺山と並んで、ここも一番山頂だ(⇒ 大月市観光協会/秀麗富嶽十二景)。
山頂標の足元に「山神社 5分」とあるので、山頂から東へ(地図の破線ルートで、1327mを経て林道に至る)少し下りてみると、南側を見晴らせる岩の上に祠が祀られていた。この下の集落を見守っているのか、氏子と思われる氏名を記した板が納められていた。
林道まで戻り、舗装路を5分ほど歩く。ガードレールに「この先約100m付近で携帯電話が使用できます」との掲示あり。
ふたたび山道に入り、「登り尾根」を下る。1200m辺りから右側斜面が大きく伐採されて鹿避け(?)ネットが張られおり、ネット沿いに尾根末端まで進むと荒れた林道に出合った。手持ちの地図(2023年版)には尾根を途中で下りて百間干場(ひゃっけんほしば)まで道路を10分とあるが、伐採のため百間干場近くまで尾根を辿るように変わったのだろう。
沢沿いの道に金山峠への指導標がやたらと立っている辺りが百間干場だと思うが、地名表示には気付かず、登り道に入る。
金山民宿村への分岐がある金山峠を通過(地形図では送電線を潜った先の鞍部が峠になっている)し、次の分岐を大垈山方向へ。地図に「尾根の北側を巻く」とある通りに道が付いているが、巻き終えたところに立っていた大垈山への指導標は巻いてきた尾根を指しているように見える。足元がフカフカと踏まれていないのを怪しみながら行ってみたが、やはり何もなく引き返した。実際の大垈山山頂は樹齢約300年の白ブナの先の小ピークで、三角点は無いが山頂標では1179.8mとなっている。
セーメーバン(晴明盤、1006.2m)からサクラ沢峠(700m)へと高度を下げる。トズラ峠の手前で美しいセンチコガネを地面に見つけた。近くには見当たらないが、昨日見たものと考え合わせると、食事(糞)の探索中か。
トズラ峠で車道を横切ると、登り口の広場に早くも「岩殿山」の看板が立っている。時刻は9時半、行動開始から5時間、いささか疲れを覚えてきた。
笹平北峰(730m)の手前に「富士山景勝地」の看板があったが、富士山は見えず。方向の変わる笹平(713.4m)は名の通りに笹の生えた箇所のようだったが、三角点には気付かず通過。
稚児落し手前の分岐を過ぎると「岩殿山 林間ルート/岩場ルート」の分岐道標あり。地図でも地形図でもこの辺は天神山に向かって一本道で、よく分からないが岩場方向へ進む。振り返ると大岩壁。足元も岩盤からすぐに崖で、万一転落すれば一巻の終わりだろう(こちらのブログに良い写真がある ⇒ 週末は山を目指す/岩殿山)。
岩場を過ぎるとまた「林間ルート/岩場ルート」の指導標。林間ルート=送電線巡視路か?と思いながら直進すると、大峠以来初めて人に会った。天神山(590m)山頂の石祠には天神様の像が祀られている。
進んでいくと、「進入禁止 崩落のため」のトラロープがあり、そのまま「林内コース」へ。地図、地形図で兜岩のピークを北側に巻いている箇所だ。巻き終えた反対側も当然進入禁止だが、岩壁にクサリやロープが残っている。楽しいルートだったろうに残念だ(先に引用した「週末は山を目指す」は7年前にこのルートを登っている)。
またもや「岩殿山 鎖場/林内経由」の分岐道標があるので、ポールを収納し、手袋を着けて「鎖場」へ。まずトラロープ付きの坂が現れて拍子抜けするが、次が本当のクサリ場で、女性二人が後続が上がるのを待っていた。下に何人もいるとのことで、割り込みで下りさせてもらう。十分な足場もあって難しくないが、Tシャツ姿では岩肌に肘を擦りそうになった。下の写真は、自分が下りきって、待っていたグループが登っていくところ。
続けてもう一段。こちらは誰もいなかったのでサッと下りた。
また「稚児落し(林間コース)」指導標を見る。先ほどのクサリ場を避けて、地図で小さく北側に巻いているルートだろう。
「岩殿城の入口にあたる」と説明看板のある築坂峠から、いよいよ最後の登りにかかる。石段の傍らに「落石の恐れがあるため強瀬側へは下山できません」の看板。大月駅に一番近いこのルートを下る予定だったのに。続く石段の急坂が疲れた身体にキツい。揚城戸跡は、大岩に城門の柱(?)穴が残っている。
頂部西端にある「三角点大1」と刻んだ標石は何だろう? 裏には「日道公」とある。国土地理院の三角点は岩殿山には無い(笹平は含めないとして)のだが。
そこから高い方へ行き、ようやく頂上だと思ったら「秀麗富嶽十二景 八番山頂この先」。馬場跡、倉屋敷跡などを過ぎ、11:50、岩殿山(634m)に登頂した。富士山は見えなかったが、山頂手前で満開のツツジが出迎えてくれた。
岩殿山からの下山路は、地図で実線の畑倉ルートの他、破線の東ルート、強瀬ルートがある。が、先ほど通行止めを確認した強瀬ルートに加え、東ルートも案内は見当たらず、電波塔裏の入口らしき箇所もトラロープで封鎖されていて下りられない様子。仕方なく、遠回りの畑倉ルートを採った。
ほとんど下りきったところで、「鬼の岩屋」の指導標に従ってみる。岩壁が庇状に張り出して上から水が落ちており、岩陰遺跡でもありそうな雰囲気。岡山の向こうを張る大月桃太郎伝説の一環だった。
畑倉登山口に12:20下山。コースタイム8時間5分よりは若干早かった。馬頭観音と並んでいるのは、山梨によくある丸石道祖神のひとつか?
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