2005/8/25(木) アニドウ上映会2005年08月25日 19:00

先月(https://marukoba.asablo.jp/blog/2005/07/26/9542656)に引き続き、台風襲来を目前になかの芸能小劇場へ。幸い移動中はごく普通の雨。
18時半過ぎに会場に入ると、唐沢俊一氏とマネージャ役の六花(ミクシィネーム)氏がいらっしゃっていた。六花氏は前々回に挨拶だけして以来。間もなくK田・T氏が登場、K元・T氏は少し後の席に。さすがに空席が多い。

今回は「再び台風直下!戦争アニメーション特集」。いつもながらタイムリーなお題で、舞台裏のドロナワを想う。

初っ端(しょっぱな)は自分の生まれた年のニュース映画。まず日本列島を串刺しにした台風18号。この1本のためにシネスコレンズを付ける力の入れようで、タイトル映写と同時に場内のけぞるのはなみき会長の狙い通りか。線路脇の電柱が軒並み吹き倒されオート三輪がコロコロとまことに凄まじい。もうひとつタクシー運ちゃんの話題。「希望訪問」とかいうタイトルはよく分からぬが、ニュース映画の連続コーナーかも。唐沢氏「ニュース映画は大平首相の頃まであった。昔は台風が夏の定番だった」(*1)。

続けて米1920年代30年代の別々のシリーズものから2本。この辺は戦争といってもまだまだ暢気である。ぐっと下って東映動画のTVアニメダイジェスト(Aパートとエンディング欠落)版。なみき会長曰く「早く終わらせるために短いのを選んできた」。でもどこが戦争なんだ? 失われたAパートに秘密が!?

休憩があって、ペンギンとアザラシ(セイウチ?)の詰まらない短編と、フライシャーBB、それに船乗りPが2本。なみき会長、ペンギンを長いフィルムから切り出すために昨夜延々見たのだとか。ログハウスの造り方がミョーに細かいのは何かウリがあったのか?
30年代のBBの相手は蚊の大群だが(それでもガス攻撃で一網打尽なんて描写はちょっと生々しい)、戦時のPになるとJap(見た目Chineseと区別付かないが)をやっつける。この時代、made in japanは粗悪品の代名詞だったのだな。

休憩の後は1942日本作品。メフィストフェレスみたようなスパイをご町内の皆様が追いかける。作中の「のぞくな軍機」「スパイに眼あり耳あり」といったポスターがgood。スパイって言葉は英語だけど戦時中もOKだったのかな。ヒッチに「間諜最後の日」(1936)ってのがあったなぁ。
次、フライシャーSM。唐沢氏「この日本人スパイが監督某にそっくりで「SM対監督某」と呼んでる」(本記事作成時に監督の名前を失念していたが、後ほどK田氏から中野貴雄監督とご教示いただいた)。
WDのSSは先行有名作のセルフパロディ。WDでも時にはこういうことをやる。
ラスト、アヴェリーは先のSSと繋がる話。何があっても口笛の狼がいい味出してる。

終わってロビー出たところでK田氏の大学SF研同窓S戸口氏、eno(ミクシィネーム)氏登場。まだ普通の雨の中、揃って焼肉とらじへ。
2階への急な階段に滑り止めのつもりか滑り落ちそうなマットが敷いてあって、酔っ払ったら要注意。2階も畳の一部にシートを敷きバケツで雨だれを受けている状態。この雨だれ、飲み食いしているうちに決壊し、バケツもゴミ容器並みの大型に換えられた。照明を受けた水がたーっと流れ落ちる様子がちょっと綺麗。
それはさておき、というか誰も台風のことなど気にせず落ち着いている。K元氏は駄洒落が決まらず自己嫌悪。唐沢氏「どうにも苫小牧ってのを考えたのに」。六花氏は唐沢氏の隣で帽子を被って真露をサーヴしている。帽子は唐沢氏に合わせてるんですか?と訊いたら「ボスですから」。酒を握っているのは明日に仕事を控えた唐沢氏の酒量をコントロールするためか。マネージャの鑑。
S戸口氏より校正を手伝わせてもらった「天動説」15号カラー版を頂いた。

勘定をして外に出ると、雨脚は強いが風はさほど吹いていない。タクシーの人、駅の人、駅では路線ごととバラけて解散。自分は自宅までの終電には間に合わないし、台風の中帰るのも面倒になって北千住の叔父宅へ。

*1:(2005/10/10追記)
 日本映画新社では平成4年までニュース映画を制作していた。が、親会社である東宝の本編映画と抱き合わせで配給しても実際には上映されないことも多かった。
 (「季刊シネマテック」2005年春号掲載「編集部訪問記」による)
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