2025/9/21(日) 秩父御岳山 ― 2025年09月21日 00:00
自分が担当の八ッ峰クラブ山行。年間計画では宿泊して早池峰山、六角牛山の予定だったが希望者が少なく廃案となり、代わりに8月の両神山のサブプランだった秩父御岳山(おんたけさん)を活かすことになった。が、こちらもキャンセルが出て自分とI田・T氏、A井・T氏(女性)の3名となり、有志山行として実施。
三峰口駅から小鹿野町営バスに乗車。マイクロバスの座席がほぼ埋まったが、古池で降りたのは我々のみ。皆、両神登山らしい。
猪狩(いかり)神社に移動し、急な石段を上がって登山の無事をお願いする。 ここの狛犬は精悍なオオカミ像でお気に入りだ。11月の奥宮祭には集落全戸の代表者(男性のみ)が猪狩山に登り、一説にはオオカミの遠吠えを模したとみられる鬨(とき)の声をあげる。少し年配の方は「いつまでこのお山に登れるやら…」との思いを抱くとか(小倉美惠子『オオカミの護符』)。
身支度を済ませて8:25に出発。拝殿横の登山口からひと登りすると作業道に出た。直登する踏み跡は見えないので、草ぼうぼうの道を辿ってみると、折り返してふたたび踏み跡に入った。いったん林道に絡み、やがて固定ロープの連続する急登となる。この土地の人でも「いつまで登れるか」と思うのも頷ける。汗をかいて登りきると、二つの祠のある猪狩神社奥宮だ。 奥宮から30分ほど進み、猪狩山(鞍掛山)山頂(822m)に10時半到着。山頂標は無いが、木の幹と枝の間に山名と標高を記した平たい石が載せてあった。 山頂からはロープの付いた岩場を下り、続いて痩せ尾根となる。難しくはないが、慎重に通過。緩いアップダウンで834m地点を越え、林道を横切って、贄川宿への分岐があるタツミチに11:35。そこから20分ほど進むと、秩父御岳山へ向けての急登となる。ここは単調な登りだ。傾斜が緩み、杉ノ峠へと下りる分岐箇所にはベンチあり。
分岐からわずかに登り、12:25、秩父御岳山(1080.4m)に登頂した。 山頂の祠は、下山先となる普寛神社(国道140号線沿い)の奥宮で、「御嶽山開闢 普寛霊神祈祷璽」の碑伝(ひで)が納められている。普寛行者(1731~1801)は秩父(旧大滝村)の生れで木曾御嶽山に王滝口を開き、御嶽教を広めた人。他に八海山や武尊山も開山しており、登山者には馴染みが深い。 ここから眺める両神山にも御嶽神社がある。 この山頂まで誰にも会わなかったが、休憩中に東と西からそれぞれ二人組がやってきた。
昼食を摂ってから下山開始。最初はクサリ、ロープの付いた急斜面。 細い尾根を少し行き、「落合へ至る」の指導標で南へ折れて急降下。普寛トンネル(通行止めとなっている)から下は沢沿いになる。桟道や橋がいくつも現れ、転落防止にクサリの付いた箇所もある。 このルートは以前、土砂崩れで通行止めだった時に登ったことがある(⇒ 2012/1/2記事)が、その後に整備されたのだろう。倒木で塞がれた桟道は、倒木を乗り越え、あるいは潜って通過した。
大滝温泉遊湯館までは10分程。計画通りのバス(16:05)まで、ゆっくり休憩した。
■今回のルート
三峰口駅から小鹿野町営バスに乗車。マイクロバスの座席がほぼ埋まったが、古池で降りたのは我々のみ。皆、両神登山らしい。
猪狩(いかり)神社に移動し、急な石段を上がって登山の無事をお願いする。 ここの狛犬は精悍なオオカミ像でお気に入りだ。11月の奥宮祭には集落全戸の代表者(男性のみ)が猪狩山に登り、一説にはオオカミの遠吠えを模したとみられる鬨(とき)の声をあげる。少し年配の方は「いつまでこのお山に登れるやら…」との思いを抱くとか(小倉美惠子『オオカミの護符』)。
身支度を済ませて8:25に出発。拝殿横の登山口からひと登りすると作業道に出た。直登する踏み跡は見えないので、草ぼうぼうの道を辿ってみると、折り返してふたたび踏み跡に入った。いったん林道に絡み、やがて固定ロープの連続する急登となる。この土地の人でも「いつまで登れるか」と思うのも頷ける。汗をかいて登りきると、二つの祠のある猪狩神社奥宮だ。 奥宮から30分ほど進み、猪狩山(鞍掛山)山頂(822m)に10時半到着。山頂標は無いが、木の幹と枝の間に山名と標高を記した平たい石が載せてあった。 山頂からはロープの付いた岩場を下り、続いて痩せ尾根となる。難しくはないが、慎重に通過。緩いアップダウンで834m地点を越え、林道を横切って、贄川宿への分岐があるタツミチに11:35。そこから20分ほど進むと、秩父御岳山へ向けての急登となる。ここは単調な登りだ。傾斜が緩み、杉ノ峠へと下りる分岐箇所にはベンチあり。
分岐からわずかに登り、12:25、秩父御岳山(1080.4m)に登頂した。 山頂の祠は、下山先となる普寛神社(国道140号線沿い)の奥宮で、「御嶽山開闢 普寛霊神祈祷璽」の碑伝(ひで)が納められている。普寛行者(1731~1801)は秩父(旧大滝村)の生れで木曾御嶽山に王滝口を開き、御嶽教を広めた人。他に八海山や武尊山も開山しており、登山者には馴染みが深い。 ここから眺める両神山にも御嶽神社がある。 この山頂まで誰にも会わなかったが、休憩中に東と西からそれぞれ二人組がやってきた。
昼食を摂ってから下山開始。最初はクサリ、ロープの付いた急斜面。 細い尾根を少し行き、「落合へ至る」の指導標で南へ折れて急降下。普寛トンネル(通行止めとなっている)から下は沢沿いになる。桟道や橋がいくつも現れ、転落防止にクサリの付いた箇所もある。 このルートは以前、土砂崩れで通行止めだった時に登ったことがある(⇒ 2012/1/2記事)が、その後に整備されたのだろう。倒木で塞がれた桟道は、倒木を乗り越え、あるいは潜って通過した。
下顎、肢、脊椎など、1頭分が割合にまとまった鹿の骨があったりもする。同行の二人は「初めて見た」と。
堰堤を越えて道路に出、14時半前に普寛神社に到着。無事下山のお礼に参拝したかったが、残念ながらコロナ感染拡大防止のため立入禁止だった。
大滝温泉遊湯館までは10分程。計画通りのバス(16:05)まで、ゆっくり休憩した。
■今回のルート
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