2012/1/2(月) 秩父御岳山2012年01月02日 00:00

普寛(ふかん)行者生誕地ということで以前から気になっていた普寛神社を拝み、秩父御岳山(おんたけさん)を歩いてきた。

普寛行者は18世紀末、木曽御嶽山の王滝口登山道を開き御嶽教の開祖となった人。昨年夏に登った上州武尊山越後八海山の屏風道なども開いている。また、木曽の御嶽は王嶽の転訛であるともいい、普寛神社のある旧大滝村(今は秩父市大滝地区)と呼応する。

三峰口駅から三峰神社行きバスに乗ったのだが、最寄の落合バス停には停まらず秩父湖まで行ってしまった。折り返しのバスは1時間後なので歩いて引き返し、途中、三十槌(みそつち)の氷柱に立寄る。見頃は1月中旬以降らしく施設(土産物屋?)も開いていないが、氷柱は結構成長していた。
三十槌の氷柱

秩父湖から50分足らずで普寛神社まで戻って参拝。境内に民家(宮司宅?)と隣接しており、親しみの持てる(=それほど立派でない)規模の拝殿。「普寛霊神御墓所入口」の看板から裏手に入ると、一見普通のお墓のような石塔が建っていた。ここにある行者坐像は優しそうなオジサンって感じ。
普寛神社と行者像

11:05 神社を後にして登山道へ。実は落石のため通行止めというのは事前に知っていた。そうでなくても観光協会の案内(*1)には「冬期間(12月~3月)は凍結のため本ルートの通行はご遠慮願います」とある。凍結対策には軽アイゼンを持ってきた。登山道入口の「土砂崩落により通行止め」は、行ってみて危険なら引き返すさ、と跨ぎ越す。
王滝沢(またオウタキだ)に沿って登っていくと15分ほどで崩落現場。岩が崩れ木が倒れ道が消えている。しかし、見たところさらに崩れそうな気配はないので慎重に上がり、崩壊箇所を横切って沢を見下ろすと登山道が見えた。崩落の下部を回り込むのが正解だったか。
崩壊地

あとは樹林の中をどんどん登り、林道と交わる箇所でまた通行止め表示を跨ぐ。観光協会の案内にはベンチのある休憩所とか夫婦岩とかが載っているが、標高600mあたりに分岐があったらしい。昭文社の山と高原地図(2008年版)と足元の道に従っていたが気付かなかった。
稜線に出ると北側斜面には雪が残り、冷たい風が吹き付ける。注意されている凍結はおそらく沢のことと思うが、雪が凍っていると最後の上りも滑るかもしれない。

12:40 御岳山山頂(1080.5m)。頭上に雲があるものの両神山など周囲の展望が開けている。山頂の祠は普寛神社の奥宮とのこと(観光協会)。
奥宮

寒いので三峰口に向けてさっさと下りる。地図によれば途中733m地点に奥宮があるのだが、道を外して上がってみたピークには「危ないので入ってはいけません」とロープが張られていた。奥宮は2008年以降にここから山頂に移されたのか?

登山道に戻ってどんどん下り、三峰口駅に14時過ぎ。

今年の山初めは車道歩き、通行止め強行突破ありのハイキングとなった。

■今回のルート
秩父御岳山ルート

*1:(2020年12月追記)歩いた当時には大滝村のホームページがあったのだが、現在は当然消滅している。秩父市のページはこんなところ ⇒ https://navi.city.chichibu.lg.jp/p_walk/676/

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