2025/4/14(月)~4/17(木) ヒマラヤトレッキング(5)【市街観光~帰国編】 ― 2025年04月14日 00:00
← ヒマラヤトレッキング(4)【高山病編】からの続き。
■4/14(月)
ホテル・アンバサダー2階のレストランでバイキング形式の朝食を摂った後、外を少し歩いてみる。まず、テンプルの外れたメガネ(⇒ ヒマラヤトレッキング(1)【ネパール入国編】 3/31条)を直せないかと、昨日通り沿いに見つけておいたメガネ店へ行ってみたが、閉まっていた(カトマンズを離れるまでに数回確認したがいつもシャッターが降りており、結局メガネは帰国後に修理した)。タメル地区に行こうと思うがトレッキング前に案内してもらった道が分からず、適当な路地に入ると肉屋の前にニワトリを捌いた跡が残っていたりする。大通りに戻り、ホテルの裏の路地を一回りして部屋に帰った。昼、ロビーにてバンダーさん(西遊旅行の現地要員)とともにヘリ代金回収係と会合。金額は入院中にバンダーさんから聞いていた通り2700US$。普段使っているVISAカードは病院の支払いで限度額まで残り少ないので、JCBカードと分割して決済した。JCBは羽田空港でのUS$購入用に持っていたのが幸いで、これがなければ西遊旅行に借金するところだった。
スマホはWi-Fiがないと通じない(⇒ ヒマラヤトレッキング(付録)、■旅の持ち物/●スマホのeSIM)のだが、Googleマップの現地地図をダウンロードして使えることに気付き、昼食後に再挑戦。メガネ店を確認した後、今度こそタメル地区へ。道路の横断も他の人とタイミング合わせるなど慣れてきた。タメルでエベレストB.C.風景のマグネットや紅茶小箱セットなどあまり嵩張らないものを買い、あとはほぼ当てずっぽうに歩く。Googleマップを見ると前方にラトナ公園があるので、そこには公衆トイレもあるだろうと向かうと、遠くの空に稲妻が走り、ポツポツと降り出した。公園に入らないまま引き返すが、雨はどうやら大丈夫そうだ。ならばホテルに戻る前にナラヤンヒティ宮殿を見ておこうと思ったのだが、門扉に「Closed」の札。16時過ぎにホテルに戻った。下は本日の彷徨の図(ガーミンBasecamp +ネパールトポ)で、ホテルはオレンジ色の小円の箇所。部屋にはT中氏がいた。ルクラは快晴で飛行機はすぐに飛んだとのこと。ラメチャップからバスに7時間近く揺られて来たのだった。自分がツアーを離れた時には食事を摂れずにいたY本・K氏は、その後復調したそうだ。
ツアーメンバーが揃って、ディナーはタメル地区のエベレスト・ステーキ・ハウス(⇒ Googleマップ)へ。サンタさんがふたたびガイドに付いてマイクロバスでホテルを出たが、タメルの狭い道に入ると歩いた方が早い。今日はネパール暦の2082年元旦。と言ってもネパールには暦がいくつもあって複雑怪奇、その一つの新年ということになる。ステーキはシャトーブリアンという高級部位だそう。ビールをお供に完食。ステーキ・ハウスで呑み足りない4人はサンタさんの案内でチャン(ネパールのどぶろく)を置いている店へ。地元の人が食べる店なので、たいそう安い。再利用のペットボトルで出てくる自家製のチャンはメニューには載らない。左からE本氏、自分、T中氏、K村氏、サンタさん。
15世紀、カトマンズ盆地はマッラ王朝の3王国(カトマンズ、パタン、バクタプル)によって治められていた。ホテルサンセットビューから南へ、バグマティ川を渡りマイクロバスで20分ほど(途中でストライキの集会だかデモだかを迂回した)だったが、ここはカトマンズとは別の国だったのだ。メモを取っておかなかったので最初の方の寺院等の名称は分からない。
(↓)注連縄のような綱に大きな木の葉が下げてある。牛はお堂の方を向く。(↓)いくつか見た造形。丸い部分は女性器、それを貫く男性器。(↓)ダルバール広場(⇒ Googleマップ)で象の像があるのはシヴァ神を祀るヴィシュワナート寺院。(↓)クリシュナ寺院。一つの岩から掘り出されたという説明だった。(↓)旧王宮であるパタン博物館の中庭。(↓)王室の浴場トゥシャ・ヒティ。
カトマンズに戻り、夕食はタメル地区のウッツェ(⇒ Googleマップ)でギャコック(チベット鍋)。アワやキビの実を発酵させたビール、トゥンバも頼んだ。ストローで飲み、お湯を継ぎ足せばまた味が出る。
■4/16(水)
ネパール旅行もとうとう最終日。10時半にホテルを出て日本人贔屓という土産物店に寄ってから、トリブバン国際空港へ。ネパールでは海外旅行はまだまだ一大事であるらしく、周囲で行われている見送りが大げさだ。
搭乗便は13:30のバンコク行きタイ航空。待ち時間にロビーの売店で土産物、ついでに缶ビールを買ってルピーを消化する。タメル地区で買って飲み残したウィスキー小瓶を手荷物に入れてあったのだが、没収されてしまった(これが空港入場後に買った酒だったらどうなるのだろう?) 搭乗して自分の座席(36A:3列の窓側)まで進んだところ、窓寄りの2席を若いネパール人らしきペアが占めており、席が違うと英語で言っても通じない様子。間もなくCAがやってきてどかしてくれた。どうやら機の反対側の座席(36H、I辺り)と勘違いしていたらしい。
少々遅れたが無事に離陸し、バンコクへ。飛行場周辺だけで言うと、カトマンズは都市、バンコクは田園だ。スワンナプーム国際空港で土産物を買い足す。関西国際空港に向かう2名とはここでお別れ。成田組は22:10便に乗り換えた。
■4/17(木)
日付が変わって、朝7時に成田国際空港着。
手許に残った140US$(10$しか使わなかった!)を円に戻す。結果的にナムチェバザールやカトマンズで現金を散財する暇もなく、両替屋を儲けさせるだけに終わってしまった。電車を乗り継いで帰宅。
【土産品】
○カトマンズ/タメル地区の店にて
・マグネット(エベレストB.C.からの眺望)2個、280ルピー
300ルピーと言うのを控えめに値切ったが、もっと下げて2割引きくらいから交渉してもよかった。
・ミニタルチョ、価格失念(200~300ルピー?)
10枚の旗にマントラ「オム・マ・ニ・ペメ・フム(Om・Ma・Ni・Padme・Hum)」が2連。
以上、マグネット、タルチョは自室に貼(張)ってある。
・ハチミツ小瓶
・紅茶(小箱 5個セット)、750ルピー
・ヤクミルク石鹸、200ルピー
家で消費した。スーっとした香りで泡立ちも良い。
○カトマンズ/ツアーで入った日本人贔屓の店にて
・粉コーヒー
・紅茶(ティーバッグ)、コーヒー(ドリップ):それぞれ数杯分のパッケージ
・コーヒー豆入りチョコレート 小袋2個
試食したら美味しかったので、自宅用と贈呈用に。
○トリブバン空港(カトマンズ)の売店にて
・マグネット(ブッダ・アイ)
自分のパソコンデスクに貼って、見守ってもらっている。
・ヤクチーズ、ドライフルーツ類、小袋でひとつ300ルピー程度
ヤクチーズは「ハード」の名の通り非常に硬く、口の中で40~50分間転がしてようやく崩れる。不用意に噛み砕こうとすれば歯の方が欠けそうだ。
○スワンナプーム空港(バンコク)の売店にて
・フリーズドライ・ドリアン
匂い(臭い?)で名高いドリアンを食べたことがないので買ってみた。水で戻してみたが、それほどクセがある訳でもない。戻さないでもいける。
・ドライフルーツミックス 2袋
マンゴー、イチゴ、パインアップル、ポメロ(ザボン)。1袋は自宅でのおやつに消費。美味しい。
・Crispy Silkworm Pupae
数種類並んでいた昆虫食シリーズから、蚕のサナギを選択。酒のツマミとしてサクサクと食した。
トレッキング中は食事が美味しくお代わりもしたし、高山病でグロッキーになっても食べることはできた。入院中はベッドに寝転がっているばかり、ツアーに戻ればステーキだ鍋だと締め括りの御馳走コース。絶対に体重を増やして帰ることになると思っていたのだが、帰宅して計ってみると出発前より微減だった。高所での行動は自分の感覚以上にエネルギーを消費するらしい。
帰宅後もしばらく咳が出たが、次第に解消した。
村落を繋ぐトレッキングは何やら懐かしいような気分で歩けた。一方、山は霞みがちで眺望はあまり良くなかったし、高度順応にも失敗した。まあ、ヘリでの下山、外国での入院はそれはそれで面白い経験だったが。ネパールは再訪して、クリアなヒマラヤの山々と対面してみたいと思う。
★★ 2025/3/30(日)~4/17(木) ヒマラヤトレッキング ★★
★★ 完(付録あり) ★★
■4/14(月)
ホテル・アンバサダー2階のレストランでバイキング形式の朝食を摂った後、外を少し歩いてみる。まず、テンプルの外れたメガネ(⇒ ヒマラヤトレッキング(1)【ネパール入国編】 3/31条)を直せないかと、昨日通り沿いに見つけておいたメガネ店へ行ってみたが、閉まっていた(カトマンズを離れるまでに数回確認したがいつもシャッターが降りており、結局メガネは帰国後に修理した)。タメル地区に行こうと思うがトレッキング前に案内してもらった道が分からず、適当な路地に入ると肉屋の前にニワトリを捌いた跡が残っていたりする。大通りに戻り、ホテルの裏の路地を一回りして部屋に帰った。昼、ロビーにてバンダーさん(西遊旅行の現地要員)とともにヘリ代金回収係と会合。金額は入院中にバンダーさんから聞いていた通り2700US$。普段使っているVISAカードは病院の支払いで限度額まで残り少ないので、JCBカードと分割して決済した。JCBは羽田空港でのUS$購入用に持っていたのが幸いで、これがなければ西遊旅行に借金するところだった。
スマホはWi-Fiがないと通じない(⇒ ヒマラヤトレッキング(付録)、■旅の持ち物/●スマホのeSIM)のだが、Googleマップの現地地図をダウンロードして使えることに気付き、昼食後に再挑戦。メガネ店を確認した後、今度こそタメル地区へ。道路の横断も他の人とタイミング合わせるなど慣れてきた。タメルでエベレストB.C.風景のマグネットや紅茶小箱セットなどあまり嵩張らないものを買い、あとはほぼ当てずっぽうに歩く。Googleマップを見ると前方にラトナ公園があるので、そこには公衆トイレもあるだろうと向かうと、遠くの空に稲妻が走り、ポツポツと降り出した。公園に入らないまま引き返すが、雨はどうやら大丈夫そうだ。ならばホテルに戻る前にナラヤンヒティ宮殿を見ておこうと思ったのだが、門扉に「Closed」の札。16時過ぎにホテルに戻った。下は本日の彷徨の図(ガーミンBasecamp +ネパールトポ)で、ホテルはオレンジ色の小円の箇所。部屋にはT中氏がいた。ルクラは快晴で飛行機はすぐに飛んだとのこと。ラメチャップからバスに7時間近く揺られて来たのだった。自分がツアーを離れた時には食事を摂れずにいたY本・K氏は、その後復調したそうだ。
ツアーメンバーが揃って、ディナーはタメル地区のエベレスト・ステーキ・ハウス(⇒ Googleマップ)へ。サンタさんがふたたびガイドに付いてマイクロバスでホテルを出たが、タメルの狭い道に入ると歩いた方が早い。今日はネパール暦の2082年元旦。と言ってもネパールには暦がいくつもあって複雑怪奇、その一つの新年ということになる。ステーキはシャトーブリアンという高級部位だそう。ビールをお供に完食。ステーキ・ハウスで呑み足りない4人はサンタさんの案内でチャン(ネパールのどぶろく)を置いている店へ。地元の人が食べる店なので、たいそう安い。再利用のペットボトルで出てくる自家製のチャンはメニューには載らない。左からE本氏、自分、T中氏、K村氏、サンタさん。
■4/15(火)
朝食時、Y本氏がバイキングの食事を皿に山盛りにしている。やはりこのツアーに参加するような人は、一時的な不調はあっても基本的に強いのだな。
本日はツアー日程上はルクラからのフライト予備日だが、ツアー本隊の飛行が順調だったので、オプションの観光日となった。午前中は、エベレスト遊覧飛行のI濱氏ら3人以外は自由行動。T中氏、E本氏と自分とで街に出た。
タブレットに仕込んできた『地球の歩き方 ネパールとヒマラヤトレッキング 2021~2022』のおすすめ散策ルートに行ってみようと思うのだが、本の地図とGoogleマップによる自位置とのすり合わせが難しくてウロウロ。街角の祭壇で朝の勤行をしている(許可を得て撮影)。燈明はバターだ。
本日はツアー日程上はルクラからのフライト予備日だが、ツアー本隊の飛行が順調だったので、オプションの観光日となった。午前中は、エベレスト遊覧飛行のI濱氏ら3人以外は自由行動。T中氏、E本氏と自分とで街に出た。
タブレットに仕込んできた『地球の歩き方 ネパールとヒマラヤトレッキング 2021~2022』のおすすめ散策ルートに行ってみようと思うのだが、本の地図とGoogleマップによる自位置とのすり合わせが難しくてウロウロ。街角の祭壇で朝の勤行をしている(許可を得て撮影)。燈明はバターだ。
おすすめルートの出発点タメル・チョークに辿り着き、南下してタヒティ・チョークからアサン・チョークへ。チョークは中庭または地域の中心地、あるいは交差点といった意味だとか。アサン・チョーク付近に並ぶ日用品の店は街の人達の生活を感じさせる。
南西に折れてセト・マチェンドラナート寺院(⇒ Googleマップ)。女神像には意外と西洋的なものも。10時になるとお堂から坊さんが現れ、鐘を振って一周りしていた。
そろそろトイレが心配になるので、インドラ・チョーク辺りからコーヒーショップでもないかと探す。ダルバール広場を掠めて西へ向かい、Googleマップの示す店を探すが見当たらず、周囲を見回してレンガ造りの2階に喫茶店らしき看板を見出した。ミルクティー(30ルピー)でくつろぐT中氏。
トイレを貸してくれと頼むと、階下の階段横ドアに掛かっていた南京錠を外してくれた。店は『地球の歩き方』に紹介されている「切手になった窓」に近い場所だったが、そろそろ11時という頃合いなので、おすすめルートはこれまでにしてホテルに戻った。
昼食はマイクロバスで出て、ホテルサンセットビュー(⇒ Googleマップ)にてヒマラヤ蕎麦。ヒマラヤは蕎麦の産地で、ここの職人は戸隠で修業した日本人なのだとか。蕎麦自体は日本で食べるのと遜色なく美味い。中央小皿の三角は何だったろう。
午後、半日観光(オプション料金1万円)を希望した6人は、サンタさん、S水氏(添乗員)と共にパタンへ。15世紀、カトマンズ盆地はマッラ王朝の3王国(カトマンズ、パタン、バクタプル)によって治められていた。ホテルサンセットビューから南へ、バグマティ川を渡りマイクロバスで20分ほど(途中でストライキの集会だかデモだかを迂回した)だったが、ここはカトマンズとは別の国だったのだ。メモを取っておかなかったので最初の方の寺院等の名称は分からない。
(↓)注連縄のような綱に大きな木の葉が下げてある。牛はお堂の方を向く。(↓)いくつか見た造形。丸い部分は女性器、それを貫く男性器。(↓)ダルバール広場(⇒ Googleマップ)で象の像があるのはシヴァ神を祀るヴィシュワナート寺院。(↓)クリシュナ寺院。一つの岩から掘り出されたという説明だった。(↓)旧王宮であるパタン博物館の中庭。(↓)王室の浴場トゥシャ・ヒティ。
(↓)ネパール狛犬?
(↓)交差点脇の屋上からダルバール広場を見渡す。パタンからカトマンズの東へと移動して、ネパール最大のストゥーパ(仏塔、⇒ Googleマップ)のあるボーダナートへ。ブッダの智慧の目が四方を見渡している様は、これぞネパール!という迫力。階段下に靴を脱ぎ、裸足でドームの周囲を巡る。ここも右回りだ。ストゥーパを見上げる片隅に河口慧海のプレートがあった。ストゥーパの周囲には土産物屋や巡礼者向けの店が立ち並んでいる。その一つ、仏画の学校という店を見学し、トイレを借りた。E本氏は小さなマンダラを買っていた(教師作は高く、生徒作は安い。また、文字主体のものは安め)。カトマンズに戻り、夕食はタメル地区のウッツェ(⇒ Googleマップ)でギャコック(チベット鍋)。アワやキビの実を発酵させたビール、トゥンバも頼んだ。ストローで飲み、お湯を継ぎ足せばまた味が出る。
■4/16(水)
ネパール旅行もとうとう最終日。10時半にホテルを出て日本人贔屓という土産物店に寄ってから、トリブバン国際空港へ。ネパールでは海外旅行はまだまだ一大事であるらしく、周囲で行われている見送りが大げさだ。
搭乗便は13:30のバンコク行きタイ航空。待ち時間にロビーの売店で土産物、ついでに缶ビールを買ってルピーを消化する。タメル地区で買って飲み残したウィスキー小瓶を手荷物に入れてあったのだが、没収されてしまった(これが空港入場後に買った酒だったらどうなるのだろう?) 搭乗して自分の座席(36A:3列の窓側)まで進んだところ、窓寄りの2席を若いネパール人らしきペアが占めており、席が違うと英語で言っても通じない様子。間もなくCAがやってきてどかしてくれた。どうやら機の反対側の座席(36H、I辺り)と勘違いしていたらしい。
少々遅れたが無事に離陸し、バンコクへ。飛行場周辺だけで言うと、カトマンズは都市、バンコクは田園だ。スワンナプーム国際空港で土産物を買い足す。関西国際空港に向かう2名とはここでお別れ。成田組は22:10便に乗り換えた。
■4/17(木)
日付が変わって、朝7時に成田国際空港着。
手許に残った140US$(10$しか使わなかった!)を円に戻す。結果的にナムチェバザールやカトマンズで現金を散財する暇もなく、両替屋を儲けさせるだけに終わってしまった。電車を乗り継いで帰宅。
【土産品】
○カトマンズ/タメル地区の店にて
・マグネット(エベレストB.C.からの眺望)2個、280ルピー
300ルピーと言うのを控えめに値切ったが、もっと下げて2割引きくらいから交渉してもよかった。
・ミニタルチョ、価格失念(200~300ルピー?)
10枚の旗にマントラ「オム・マ・ニ・ペメ・フム(Om・Ma・Ni・Padme・Hum)」が2連。
以上、マグネット、タルチョは自室に貼(張)ってある。
・ハチミツ小瓶
・紅茶(小箱 5個セット)、750ルピー
・ヤクミルク石鹸、200ルピー
家で消費した。スーっとした香りで泡立ちも良い。
○カトマンズ/ツアーで入った日本人贔屓の店にて
・粉コーヒー
・紅茶(ティーバッグ)、コーヒー(ドリップ):それぞれ数杯分のパッケージ
・コーヒー豆入りチョコレート 小袋2個
試食したら美味しかったので、自宅用と贈呈用に。
○トリブバン空港(カトマンズ)の売店にて
・マグネット(ブッダ・アイ)
自分のパソコンデスクに貼って、見守ってもらっている。
・ヤクチーズ、ドライフルーツ類、小袋でひとつ300ルピー程度
ヤクチーズは「ハード」の名の通り非常に硬く、口の中で40~50分間転がしてようやく崩れる。不用意に噛み砕こうとすれば歯の方が欠けそうだ。
○スワンナプーム空港(バンコク)の売店にて
・フリーズドライ・ドリアン
匂い(臭い?)で名高いドリアンを食べたことがないので買ってみた。水で戻してみたが、それほどクセがある訳でもない。戻さないでもいける。
・ドライフルーツミックス 2袋
マンゴー、イチゴ、パインアップル、ポメロ(ザボン)。1袋は自宅でのおやつに消費。美味しい。
・Crispy Silkworm Pupae
数種類並んでいた昆虫食シリーズから、蚕のサナギを選択。酒のツマミとしてサクサクと食した。
トレッキング中は食事が美味しくお代わりもしたし、高山病でグロッキーになっても食べることはできた。入院中はベッドに寝転がっているばかり、ツアーに戻ればステーキだ鍋だと締め括りの御馳走コース。絶対に体重を増やして帰ることになると思っていたのだが、帰宅して計ってみると出発前より微減だった。高所での行動は自分の感覚以上にエネルギーを消費するらしい。
帰宅後もしばらく咳が出たが、次第に解消した。
村落を繋ぐトレッキングは何やら懐かしいような気分で歩けた。一方、山は霞みがちで眺望はあまり良くなかったし、高度順応にも失敗した。まあ、ヘリでの下山、外国での入院はそれはそれで面白い経験だったが。ネパールは再訪して、クリアなヒマラヤの山々と対面してみたいと思う。
★★ 2025/3/30(日)~4/17(木) ヒマラヤトレッキング ★★
★★ 完(付録あり) ★★
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://marukoba.asablo.jp/blog/2025/04/14/9771605/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。































コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。