2025/4/5(土)~4/9(水) ヒマラヤトレッキング(3)【トレッキング後編】 ― 2025年04月05日 00:00
■4/5(土) タンボチェ~ソマレ~ディンボチェ
タンボチェのTREKKERS LODGEより、朝のカンテガ(Kangtega、6783m)、タムセルク(Thamserku、6618m)。ヌプラ(Nupla、5885m)、コンデリ(Kongde Ri、6168m)。タブチェ(Tabuche、6495m)(だと思う)。エベレスト(Everest、8848.86m)、ローツェ(Lhotse、8516m)。ロッジの前で生木(ヒマラヤ杉?)を火にくべて煙をあげている。村を清めるサングという風習か。7時半出発。晴れ、8℃。緩やかに下って、8時過ぎにデボチェ(3820m)で小休止。
イムジャコーラ(コーラ:川)の吊橋を渡り、パンボチェ(3930m)でティータイム。洗濯場の向こうに聳えるのはタブチェか?イムジャコーラに流れ込む谷も多く、この辺は水量豊富なのだろう、ソマレへの道中、道脇に所々水流やホースの水場があった。ネパール慣れしていない旅行者が口をつけることはできないが(ペットボトルの水は100~150ルピーでどこにでもあるので、安全な飲料水には不自由しない)。
ソマレの手前の細道でゾッキョの行列待ち。ソマレ(4010m)でランチ。いくつか見かけたパラボラアンテナは何を受信するのかと思ったが、よく見ると焦点位置にヤカンを置いた太陽熱湯沸かし器だ。これはヤク。見た目にゾッキョより毛深いが、実際のところ耐寒に優れ、高所に強い。気もいくらか荒いらしい。高原を行く。正面の山々はポカルデ(Pokalde、5693m)やナガルジャン(Nangkar Tshang、5616m)辺りで、霞んでいなければその右奥にヌプツェからエベレスト、ローツェが見えるはずなのだが。石垣の家畜囲い。イムジャコーラも白い。風が強く肌寒いくらいの川沿いの道を歩き、ディンボチェ(4343m)に14:40到着。
本日の宿はMOONLIGHT LODGE(⇒ Googleマップ)。部屋には山の名前が付いており、自分らはLOBCHE PEAKだった。ここには今日明日と連泊するので、部屋にトイレ(洋式、手動水洗)のあるのがありがたい。Tシャツや小物を簡単に水洗いして中庭の物干し場に掛けたところで小雪が降ってきたので、持参の細引きを部屋のカーテンレールとドアの蝶番の間に張り渡して干し直した(高所で乾燥しているので室内で乾くと思ったのだが、翌日も生乾きで、出発時にそのままパッキングすることになった)。Wi-Fiは48時間1500ルピー(24時間なら1000ルピー)。たいていのロッジでプリペイド式のスクラッチカードを利用している。夕食後、I濱・C氏のバースデイ・サプライズがあり、S水氏らが近所で買ってきたケーキを皆で頂く。水気を含む食感が(自分には)目新しかった。
今日は午後からガスで腹が張って苦しかった。年を取ってガス腹も日常よくあることとなったが、このトレッキング中は食事も美味しくむしろ快調だったのに、高度の影響などあるのだろうか? 夕食後にパンシロンを服(の)んだ。
■4/6(日) ディンボチェ~(往復)チュクン
本日はディンボチェをベースに高所順応トレッキング。人の住む最奥の地チュクン(4730m)を往復するか、ディンボチェに近い北側のナガルジャン(4600mまで上がるとゴンパが建つ)に登るかを選択できる。起床時には曇っており、これでは景色が望めない上にチュクンまで川沿いの道は昨日と同様に寒いのではと気分はナガルジャンに傾いていた。が、次第に晴れてきて、スマホで見るウェザーニュースもネパール各地で好天だ。となればチュクンまで歩こう。出発時にチュクン組とナガルジャン組に分かれたところ、大部分はチュクン組になった。ナガルジャン組はサーダーが引率する。
8:10の出発時にはすっかり晴れた。
9時の休憩時点で14℃。暖まったのでウェアをウィンドブレーカーに替える。
下の写真、正面やや遠くはAma Dablam Glacier(Glacier=氷河)やChhukhung Glacierを隔てた山並み(最高点は6230m)で、地図に山名記載はないもののシェルパはカンレヤムウ(Kang Leyamu)と呼ぶという。右の黒いのはアンプギャブジェン(Amphu Gyabjen、5630m)。T中氏とタブチェ。正面がアイランドピーク(Island Peak、6189m)、その左はピーク38(Peak 38、7591m)から高くなってローツェ(Lhotse、8516m)、ヌプツェ(Nuptse、7864m)の稜線へと続く。エベレストは稜線の向こうに隠れている。アイランドピーク右奥の三角はチョポル(Cho Pol、6735m)、カンレヤムウからアンプギャブジェン。近づくとカンレヤムウに刻まれたヒマラヤ襞が見えてきた。アマダブラム(6814m)はナムチェ辺から眺めるのと全く印象が違う。11:20にチュクン(4730m)に入り、YAK LAND LODGE(⇒ Googleマップ)でランチ。食後で気温3℃、暖かなフリースを着込んだ。
数人でアイランドピークへのルートを少し行ってみることにする。登山隊しか通らない道はやはり物寂しく人の匂いが薄い。残念ながら雲が増えてきたが、日が射すといくらか暖かい。30分ほど進み、小高い場所(GPSによるとチュクンとの標高差90m)に上がった。カンレヤムウのヒマラヤ襞がいよいよ美しい。ローツェからヌプツェの稜線は残念ながら雲の中。最高所で記念撮影。すっかり顔がむくんでいる。バックはアマダブラムか?(霞んでいるうえに現地で山名をあまり気にしていなかった)。チュクンからの帰路は曇って風が強く、寒かった。ディンボチェ近くなってから吐き気を催したが、道から少し外れて立ち止まり、息をついて落ち着かせる。15:10、ロッジに帰着。
夕食前にまたもや吐き気を覚えたが、トイレでの空えずきで治まった。軽い頭痛があったがそれも回復し、食事は普通に摂れた。念のためダイアモックスを服用して就寝。
■4/7(月) ディンボチェ~トゥクラ~ロブチェ
上天気なので、出発前に朝日に照らされた山々をカメラに収めた。
ヌプツェの稜線からローツェ(8516m)。アマダブラム(6814m)。カンテガ(6783m)とタムセルク(6618m)。タブチェ(6495m)とチョラツェ(Cholatse、6335m、右の白い山)。8時に出発。トゥクラに向かってストゥーパまでひと登り。8時半、18℃と暖かい。ここから西側の谷の奥は昨日より澄んで見える。中央アイランドピークの右がチョポル、さらに右に追って遠く薄いのはツアー中これが見納めとなるマカルー(Makalu、8463m)。進行方向は、左の白いのがチョラツェ、そしてアラカムツェ(Arakam Tse、6423m)、中央にチョロ(Cholo、6043m)、遠く白いのはチョ・オユー(Cho Oyu、8201m)か? 右に高いのがロブチェ(Lobuche、6119m)。カンテガ、タムセルクの右に遠くカリョルン(Karyolung、6511m)が姿を現す。タブチェをバックに記念撮影。荒涼とした高原を行く。放棄された放牧小屋(?)のバックはタブチェ。進んで行って振り返れば、アマダブラムからピーク41(Peak 41、6648m)、メラピーク(Mera Peak、6476m)を挟んでカンテガ。行く手に高いのはロブチェ、右の斑(まだら)に白いのがプモリ(Pumo Ri、7165m)。11時半にトゥクラ(4620m)着。ランチにナク(雌のヤク)チーズが付いた。ランチ休憩50分で出発。午後になると曇ってやや風も吹き、寒くなってきた。高度を上げていき、登山家の慰霊碑が立ち並ぶThokla Pass(Pass=峠、4830m)で休憩。ヤクも通る。14:40、ロブチェ(4930m)着。宿はABOVE THE CLOUD LODGE(⇒ Googleマップ)。充電料はスマホ500ルピー、高所で電力事情が厳しいのか、大容量のバッテリーは不可。Wi-Fiは1000ルピー。部屋の電灯が点かない(断線?)というアクシデントがあったが、ヘッドランプを持っているので無問題。
夕方小雪になり、その後晴れた。今は乾季といっても、夕方に少し崩れるという天候パターンだろうか。
夜中トイレに起き、ベッドに戻るとハァハァと息が切れる。やや寒いのでシュラフを拡げて掛け布団に載せた。外では一晩中犬が吠えていた。
■4/8(火) ロブチェ~ゴラクシェプ~(往復)エベレストB.C.
本日はツアー中の最終宿泊地となるゴラクシェプまで上がる。そこに連泊する二日間のメニューがエベレストB.C.(ベースキャンプ)往復とカラパタール登頂で、順序は任意。明日の方が天気が好いとの予報から、眺望の期待できるカラパタールを明日とし、本日はエベレストB.C.に決まった。起床時には窓が凍り付いていた。7時半の出発時は晴れ、4℃。軒から雪解け水が滴り落ちる。Khumbu Glacierの右岸を行く。道は白いが、アイゼンを着けるようなことはない。
行く手は中国との国境を成すプモリ(7165m)、リントレン(Lingtren、6713m)、クンブツェ(Khumbtse、6639m)。9:20、Lobuche pass(5110m)からの眺め。ヌプツェ(エベレストを隠している)~コンマツェ(Kongma Tse、5820m)。左端コンマツェ、奥に尖っているアマダブラム、その右のギザギザはポカルデ(Pokalde、5693m)、手前の山があって奥がカンテガとタムセルク、右端はタブチェ。Khumbu Glacierを見下ろして。ここまで上天気だったが、11時過ぎ、背後に雲が湧いてきた。気温10℃。
11:40、ゴラクシェプ(5170m)に到着し、HIMALAYA LODGE(⇒ Googleマップ)に入った。中庭に置かれた像は17世紀のインドのマハラジャ、shri shivaji raje bhosale。ランチの後、エベレストB.C.を往復する7名が集合、添乗員S水氏とガイドを加え12:45に出発。雲が広がってくる中、氷河の奥へ向けて歩く。と、ライチョウが姿を見せた。正確にはチベットセッケイなのだが、やはり天気が悪いと出てくるのか。時折雪もちらつく。
傾斜はおおむね緩やかなのだが、少し急になると酷く息が切れ、ポールにすがって休む有様。いくら高所とは言え、これはおかしい。大岩のガラガラとした場所での休憩時に急に催したのも、不調の一環だったかもしれない。そこの岩陰はまさしくトイレ場になっており、古い紙が落ちていた(自分はロッジまで持ち帰った)。
やがて眼下の氷河に立ち並ぶテントが見えた。
15時、エベレストB.C.(5350m)に到着。と言っても、ずいぶん奥まで広がっているテント群の、我々は入口まで。今はエベレストの春の登山シーズン(4~6月、5月になると天候安定)の始めで、これらのテントの多くは登山隊のものだろうか。名高いアイスフォールは奥にあるのだろうが、あまり視界が利かない。大岩に上がるなどして記念撮影。キャンプ周辺に30分ほど滞在した。帰路での休憩時(16:10)で気温6℃、小雪。17時過ぎにロッジに帰着したが、ティータイムで椅子に掛けても疲労困憊の態だった。高所に加えて乾燥のためか、咳も出る。ロッジは大混雑で、Wi-Fiも満杯らしく販売停止。夕食を摂っておとなしくベッドに入った。
■4/9(水) ゴラクシェプ~ロブチェ
3時半起床。息切れは完全には治まらず、咳も続く。紅茶にビスケットという優雅な朝だが、混雑のためかいつもの洗面器は出ない。
昨日の様子と今朝の体調から、自分はカラパタール(5545m)に上がるのは無理と判断した。ガイドが一人ついて、体調の良くない他の二人--Y本・K氏(ほとんど食事できていない)、M田・F氏(ここまでの行程で非常に消耗)--と共に一足先にゆっくりとロブチェに下りることに決定。装備の軽アイゼンが必要(かもしれない)のはカラパタールへの道だけで、自分は今回調達した新品を使い損ねた。
カラパタール組と共通の行動食(お結び)を持ち、8時過ぎに出発。晴れ。
しかし、30分程行ったところでM田氏が歩けなくなった。馬を手配しようかというところへS水氏が追いつき、M田氏を連れて戻っていった。
道は緩やかな下りなので、Y本氏と自分は適宜に休憩をとりつつ無事に歩いて、11時半前にロブチェ(4930m)に到着した。
宿はふたたびABOVE THE CLOUD LODGE。無事に登頂を果たしたカラパタール組も下りてきて、14時には皆でお茶となった。山頂からはしっかりエベレストも見えたとのこと。自分もくっきりとしたエベレストを拝みたかったが、健康を保っていればまた機会もあるだろう。
M田氏については、カラパタール組との合流時に「ゴラクシェプからペリチェまでヘリ搬送して入院」と聞いたが、その後、「ペリチェでの診断の結果カトマンズまでヘリで下ろすことになった」とのこと。
■4/5~4/9 トレッキングルート
※ベースの地図はツアーで配布されたものを画像化(分割スキャン後に結合したため、一部にズレ)
※GPSトラック(赤線)が道とずれているのは、地図画像化の際の歪みのため。
→ ヒマラヤトレッキング(4)【高山病編】へ続く。
※地名表記や各地の標高については、地図や資料によりかなりの異同が見られる。本記事ではツアーの「旅のしおり」や帰国後に添乗員が作成、配布した旅日記の記載を優先し、それ以外にトレッキング用地図(ツアーで配布されたもの、またはNational Geographic版)やガーミンGPS用のトポ等を参照した。
実際のところ、山名は本文に書いたほど現地で判っている訳ではなく、帰宅後にカシミール3Dで現地風景を描画して確認している。
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