2008/6/7(土) 野田大元帥死去 ― 2008年06月07日 00:00
クラーク、今日泊亜蘭に続き、昨日、野田昌宏・宇宙軍大元帥も逝ってしまわれた。
中学時分からキャプテン・フューチャーシリーズを手始めにお世話になったなぁ。
手持ちの本を確認してみたら、編著書が39冊、訳書が51冊もある。
東京創元社のCF全集別巻『風前の灯! 冥王星ドーム都市』は、奇しくも今月に出る。手向けという訳でもないのだろうが。
亡骸をロケットに収めて軌道に乗せておけば、いつか機械人がやってきて・・・

そういえばクラークも髪の毛を宇宙に送っていつか遺伝子から再構成して貰おうという企画に乗っかっていたっけ(⇒ HAL'S EYES WEB SITE/STANLEY KUBRICK)。
ご冥福をお祈りします。
2008/6/7(土) 日本トンデモ本大賞2008 ― 2008年06月07日 13:00
毎年恒例(と言っても、参加は3年ぶりだが)のトンデモ本大賞。今年はみらい座いけぶくろにて開催。

13:00開演だが家を出るのが遅くなり、あまり余裕なく指定の1階席へ。S席だが椅子が狭い。
唐沢俊一氏、と学会会員の本郷ゆき緒氏、タイムキーパー役の声ちゃん(今年はケロロ軍曹のコスプレ)が登場して開幕。まずはビデオ上映で「と学会結成秘話・山本ひろし物語」。出演者の多くは唐沢氏が関わっている劇団あぁルナティックシアターのメンバー。山本会長役が女の子とお茶しながら「ハインラインの幼年期の終わり」と語っているのはご愛敬(*1)。
今回は「と学会結成10000年記念」なのである。ただし2進法で。
と学会エクストラでは明木教授の日本漫画の中国語訳の話が面白い。『はれときどきぶた』(これは漫画ではなく児童文学。書いた内容が本当になる日記帳の話)で、絵日記に書いた文の消し残りが「じゃがいもにけがはえた」になる、これをどうやって中国語、台湾語にするか? あくまでも、元の文の部分部分を繋げて「じゃがいもにけがはえた」に相当する中国語または台湾語にならないといけないのである。
休憩時間にS戸口・O(ミクシィネーム:++ungood)氏に遭遇。2階でビデオを回しているというのでくっついて上がり、K田・T(ミクシィネーム:さざんかQ)氏、eno(ミクシィネーム)氏に挨拶。「天動説」の皆さんはもはやと学会内での公式記録担当なのだ。2階は席が空いていたので勝手に移動してしまった。S席のチケットを持っているのだから問題あるまい。
メインイベントたる大賞候補作の紹介は山本会長が行い、と学会主要メンバがコメントする形式。候補作は以下。
(1) 『まもなく世界は5次元へ移行します』(徳間書店)
これ1冊でトンデモネタをすべて押さえられる。太陽は熱くなく、電気力で光っている。
(2) 『生命の暗号を聴く』(小学館)
音楽を聴くと特定のタンパク質の合成あるいは抑制が起こる。悪用誤用は危険。
(3) 『超不都合な科学的真実』(徳間書店)
生後4ヵ月頃から赤ちゃんは逆再生メッセージを発している。
(4) 『冨を「引き寄せる」科学的法則』(角川文庫)
イメージすれば現実になる。弱者救済のような儲からないことを考えてはいけない。
投票時間を兼ねた休憩の後は宣伝タイムとして「杉ちゃん&鉄平」の生演奏。クラシックと怪獣映画、秋葉原の電気店テーマソングの融合といった「トンデモ音楽」だが、やはり生で聴くのは迫力がある。会場からブラボー!の声がかかる。ピアノとバイオリンで京急の発車から踏み切り通過まで再現したのも大受け。
続いて坂本頼光氏の「トンデモ活弁大会」は「サザザさん4」。完成が今朝というデキタテホヤホヤ。それに2002年に作ったマッドフィルム「ゴジラ対鞍馬天狗」。志村喬で「ゴジラ」から「生きる」に繋げたりで爆笑。
そして大賞発表。今年の受賞作は『冨を「引き寄せる」科学的法則』に決定。この本、実は1910年の出版で著作権が切れており、各社から別々の訳本が出ている。その歴史に敬意を表する票が集まったのだろう。自分もこれに入れた。しかし、大賞を著者に届けないのかな。
今年の候補作はどうも小粒だった。世にトンデモの種は尽きまじとも、やはり新機軸はそう簡単に出ないということか。
2階からと学会運営委員の皆さんのサイン会の様子を眺めながらロビーがすくのを待つ。1階に下りてK元・T氏と唐沢氏に挨拶をしたかったのだが果たせず帰宅。
*1:本記事はmixi日記からの転載。その日記に唐沢氏からいただいたコメントによると、「ハインラインみたいなミスはツッコミどころとしていくつか混ぜておいたのですが、編集したらあそこしか残らなくて、単なるミスになっちゃいました」。
2008/6/7(土) 最近の読書-『スピリチュアルワールド見聞記』 ― 2008年06月07日 23:00
K元・T氏の新刊『スピリチュアルワールド見聞記』を読む。
すでに唐沢俊一氏が的確な評を書かれており(*1)付け加えることもないのだが、以下、自分なりのメモ。
まず、読者を選ぶ本である。
なにしろカバー絵がこれだ。

巨乳メイド(翼つき)に小さくメタボ男では、タイトルのスピリチュアルに関しては肯定派も癒し系もアンチも誰も手を出さないのではないか。メイド萌えのオタクは絵に惹かれて手に取るかもしれないが、今度はタイトルに躊躇しそうだ。すんなりレジに持って行くのは著者を直接あるいは過去の著作で知っている人ばかりという気がする。
本文は巨乳メイド(天使)と死にかけのメタボ男(植木不等式=K元氏。わー、ゴメンナサイ)の会話体で、しかもダジャレ多発。これも著者を知らなければ内容が薄いと感じることだろう。
さらに、巨乳天使は挿絵にも登場して、電車の中で読むのはちょっと恥ずかしいのである(わたしは読みましたが。さすがにカバー絵をさらす勇気はなかったけど)。
しかし内容は薄いなんてものじゃない。最初はスピリチュアルな主張に対して脳科学の知見をぶつけていく趣向かと思うが、それはほんの取っ掛かり。死後の世界なんてものはないと納得したい一方で信じたい気持ちを捨てられない(という設定の)不等式氏と天使の会話でスピリチュアル史が語られる。近代スピリチュアリズムの成立と科学(者)との関係、科学技術の進展に呼応した神霊観の変遷、ムーブメントとしての近代スピリチュアリズムが社会運動-差別撤廃、労働運動、植民地独立-と密接な繋がりを持っていたという指摘など、本書の後半は目から鱗の連続。
自分は死ぬのが怖い。今こうして考えたり感じたりしている「自分」が存在しなくなるのは恐怖だ。避けようのない死の後にも何らかの形で「自分」として存続したい。また、親しかった人が現世から消えた後も何処かにいて欲しいと思う。しかしその一方で、自然科学の知識に照らせば死後存続なんてありえないと分かっている。
そういう立場でスピリチュアルについては、信じたいことを信じ信念に沿って事実をも曲げる人間の性質によって古代から生きながらえ、昨今のブームは行き過ぎた個人主義がもたらしたもの、と考えてきた。それがどんなに一面的で底の浅い見方であったことか。また、自分はその人間の性質(弱さ)を離れて事実を見ていると考える思い上がり。それを本書で思い知らされた。
思い上がりの続きで、この一文も耳が痛い。
○科学技術のもたらしている果実をナニも考えずに享受するのと、スピリチュアルな主張をステキに思ってやっぱり深く考えずに受け入れるのと、その態度は遠くから見るといっしょ。(p.217)
・・・と、少々深刻な読書メモになってしまったが、基本的に楽しい本である。自分はE・キューブラー・ロス『死ぬ瞬間』、立花隆『臨死体験』を読んだ他は断片的な事前知識しか持たないが、本書はニヤリ、ヘェ、ホォという感じでたいへん面白く読んだ。
ただ、フランクルの『夜と霧』のくだりは別。書名は聞いていたが恥ずかしながら読んだことがなかったので、さっそく買い込んできた。良い本は次に繋がっていくものである。
最後に、たまたま気づいた誤植を。原稿も校閲も高水準と見受けられますが、再版の際には直されるといいと思います。>K元様
○p.209 電信線は付設されてませんけどね → 敷設
○p.223 俳優さんに主宰役に仕立てたの → 俳優さんを主催役に
*1:本記事はmixi日記からの転載。mixi内で唐沢氏の日記をリンクしていたのだが、転載に当たり以下、抜き書きしておく。
ツッコミ芸の粋も多々あり、そして最後は“人間の「現世」にとり、なぜ「来世」あるいは「生まれ変わり」といった思想が必要なのか”という目からウロコの(そして重い)指摘がある。(中略)なぜ、近代合理主義を身につけているはずの現代人がスピリチュアリズムを必要としているのか、というところまでを掘り下げている。(中略)
植木不等式の中には学究のキマジメさと、戯作者のフマジメさが同居している。今回はフィクションの形をとったエッセイだが、一度、この人の大戯作を読んでみたい気がするのは私だけだろうか。たぶん、平成の滝沢馬琴がそこに現出すると思うのだが……。

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