2006/2/10(金) 『狂信 ブラジル日本移民の騒乱』2006年02月10日 00:00

高木俊朗・著、株式会社ファラオ企画/ファラオ原点叢書2
ISBN4-89409-102-X \3780

と学会レポート 人類の月面着陸はあったんだ論』で紹介されていて面白そうだとネットで注文。
ちと高いかと思ったが、届いたのは箱入り、パラフィンを被せたハードカバー。こんな立派な体裁の本を買うのは久しぶりだ。
届いたのをさっそく読む。次々に買い込んで長いこと積んでおくのが常態の自分としては珍しい。

南米に戦後しばらくの間、日本の勝利を信じる「勝組」がいたことは知っていた。いつだったか帰国した勝組が日本の繁栄を見て「これが負けた国か、やはり日本は勝っていた」と言ったというのも聞いた覚えがある。しかし所詮は情報不足と戦前教育からくる、一部の人間の認識の歪み程度のものと思っていた。
それがまあどうだ、これだけ長期間にわたり、大規模で、危険で、怪しい奴らが跳梁跋扈する複雑怪奇な現象であったとは。なにしろ、「事件は太平洋戦争中にはじまり、日本の降伏後には、騒乱と暗殺がつづいた。その後は、愛国運動を偽装した詐欺事件となった。その主犯が逮捕されて、一応の落着を見せたのは、昭和三十年であった。この間、十二年もつづいていた。しかも、その後も、形を変えた騒乱や詐欺が昭和四十年ごろまで連続していた」(p.391)のだ。勝組の組織「臣道連盟」の会員数は、昭和16年の在留邦人25万に対して11万5600人だったという(p.277)。また、日本が負けたなどと言う非国民を標的に臣道連盟が引き起こした暗殺騒乱事件で、暗殺された者16、巻き添え死1、暗殺者側の死亡1、ブラジル人の死亡2であった(p.256)。そのうちの溝部幾太(みぞべ・いくた)暗殺の後、勝組の間で狂歌が回覧された。
  世の中に幾多(幾太)の罪を残しおき きょうの最後のザマを見ぞべえ(溝部)(p.229)
偏狭な正義感に凝り固まった人間の恐ろしさ。

勝組はさまざまなウソニュースを流したが、傑作なのは工学士を名乗る松永という男のホラ話。その講演によると「アメリカ軍の空襲の目をくらませるために、東京のそばに、東京そっくりの模擬都市を作って、そこに爆弾がおちるようにした」(p.277)そうである。『月面着陸はあったんだ論』で触れられていた「新日本説」(日本から追放された共産党員がアマゾン河奥地に新日本を作っており、日本から来たあるいは日本へ行ったという人は本当の日本には行っていない)は昭和27年になっても各地の日本人の間に案外広く行きわたっていた(p.355)。他の人には雑音しか聞こえないが信念を持ってひねると戦勝のニュースが聴けるラジオもあった(p.84)。人間というのは、どんなにバカバカしくても信じたいことを信じてしまうものだ。

読み始めてすぐ、登場する人間を覚えきれないと思ってメモを取り始めたが、次々出てくる人名に紙が一杯。身近な状況と資料を調べたり話を聞いたりして得た知識とがうまく配分されているが、まとめあげるのは一仕事だったろう。たいへん興味深い本だった。

この日記を書きながら、手塚治虫の『グリンゴ』に勝組の危険な側面が描かれていたのを思い出した。手塚もこの本を読んだのかもしれない。

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