2026/1/19(月)~1/20(火) 黒富士~茅ヶ岳 ― 2026年01月19日 00:00
無名山塾のI本・I氏に声を掛け、気楽な泊り山行。テント泊ではあるが山と高原地図の実線ルートを繋ぐだけなので、山塾の自主ではなく個人山行とした。茅ヶ岳、金ヶ岳は二度目(⇒ 前回2023/4/4記事)だ。
八ッ峰クラブの1月山行(午年にちなんで馬頭刈山)は参加者が少なく中止となったので、これが今年の登山初め。
■1/19(月)
腫れて暖かい。
I本氏とは甲府駅で行き会い、竜王駅から甲斐市民バス(敷島北部線)で清川BSに12:48。助手席含めて7人乗りの車種だったが、他の乗客は途中で乗降した常連女性のみ。運転手と近場の山の話をしていた。午後からの登山開始は常識からすると遅いが、バスがこの時間しか無いので致し方ない。
BSから歩き出すと、太刀岡山がボリューム感をもって迫る。車道を15分ほど歩き、太刀岡山登山道入口の看板に従って橋を渡り、民家前の小径から登山道へ。岩壁下の祠に山行の無事をお願いして少し登ると、鋏(ハサミ)岩が突き立っている。鋏岩の向こうに茅ヶ岳~金ヶ岳(かながたけ)がきれいに見える。標高差200m以上を真っすぐに登り、太刀岡山の三角点(1295.6m)ピークに14時過ぎ。石祠や山梨百名山、「こうふ開府五〇〇年記念」で選定された甲府名山の標柱があった。休憩の後、緩やかな鞍部を経て踏んだ北峰(1322m)には山名プレートが置いてあるのみ。冬枯れの樹林を下り、越道(こえど)峠(1168m)で未舗装林道を横切る。
尾根を登っていくと、行く手右の山腹、地形図の岩崖マークの箇所に抉れた岩壁が見える。大月辺りならば「鬼の岩屋」とでも名付けそう(⇒ 大月観光協会/大月桃太郎伝説)な様相で、鬼頬山(おにがわやま)の名の由来かもしれない。1350mより上は等高線の詰まった急登で、テント泊装備に水と食料の重量MAXでは大変キツい。上り詰めると山頂部は細長く、鬼頬山(1516m)の山頂標は北寄りにあった。ここも甲府名山に選定されている。16時をまわり夕暮れも間近だが、擦れ違った単独の若者は地元民だろうか。鬼頬山北の鞍部を過ぎ、泊り場所を探しながらゆるゆると登る。計画では八丁峰(1610m)と黒富士の間の鞍部を泊地としていたが、八丁峰手前に平坦地を見出し、それぞれにソロテントを張った。歩き終えたのは16:50、その前からしきりに鹿の声がしている。ここではスマホが通じた。テントに入って落ち着いていると風の音が急激に高まった。大方は木を鳴らすだけだが、夜中に時折テントを揺るがせた。
■1/20(火)
5:50、ヘッドランプで出発。晴れ、風は変わらない。
八丁峰から東へ下り、曲岳方面への分岐まで行くと、I本氏は体力温存のため黒富士へは行かずここで待つと言う。計画行程を無理強いすることもないので、自分だけ先へ進んだ。暗い中で草原の踏み跡を外すこともあったが、特に困難もなく黒富士(1633m)に登頂。甲府名山の山頂標傍らから見下ろす街の灯がきれいだった。山頂から反対側に下っていく道は昇仙峡の方へ抜けるのかもしれない(バスの運転手が、黒富士から昇仙峡へ行く単独女性を乗せたことがあると話していた)。I本氏のところまで戻ると6時半。黒富士まで地図のコースタイムで片道30分のところ、それほど急がずとも往復で30分少々だった。明るくなったのでヘッドランプを外す。
これまた甲府名山の小岩峰、升形山(1650m)に6:50。岩のてっぺんに立ったところ、ヤッケのフードを風に煽られた拍子に被っていたバンダナふうキャップを持っていかれてしまい、頭が寒い。黒富士なめの富士山、踏んできた鬼頬山などの向こうに甲府盆地と、眺望が良い。縦走路に戻り、八丁峠を経て曲岳(まがりだけ、1642.8m)に7:45。短いながらも急登で、山頂手前の展望舞台からは山麓に平見城(ひらみじょう)畜産団地を抱えた太刀岡山が良く見える。曲岳は山梨百名山に数えられている。曲岳の下りには岩場が出てくる。下の写真の岩は出口が狭く、ザックを擦りながら後ろ向きになり足元を確認しながら下りるようだった。下って行って尾根の先端左右が崖になる手前の「めまい岩」を突端まで伝うと、正面に八ヶ岳、左手にこれから進む観音峠から金ヶ岳。尾根から下りていったん道路に出、観音峠からふたたび登山道に入る。入口に「観音峠ルートは大明神開拓地ルートより急峻な箇所が多いので注意」と敷島町(合併して現在は甲斐市の一部)のプレートがあった。なるほど注意書きの通り痩せ尾根や岩場、クサリ場が現れ、ついで急登にかかる。予想より変化に富んだルートで楽しい。1650mピークまで登ると、先ほどからペースが上がらないと言っていたI本氏が「この先の分岐で待っているから、金ヶ岳を往復してきて」。お言葉に甘え、先行して分岐(1750m、ここにも「観音峠」のプレートあり)へ進み、10:55、金ヶ岳(1764m)を踏んだ。薄曇りで風も冷たいが、LINEを打ったりして休憩。
分岐まで戻るとI本氏が腰を下ろしており、さらに15分ほど休憩。
尾根を下りて道路に出たところでタクシーを呼ぶと、25分程で深田記念公園の駐車場に到着とのこと。14:20にその駐車場に下山し、身支度を済ませたところにタクシーが来た。
甲府名山(升形山、黒富士、鬼頬山、太刀岡山)、山梨百名山(茅ヶ岳、曲岳、黒富士、太刀岡山)をそれぞれ四つ稼ぐ山行となった。
タクシーで韮崎駅まで4400円。何か食べようと店を探し、結局少し歩いてココスに入った。韮崎は駅前が少々寂しい。
■今回のルート
八ッ峰クラブの1月山行(午年にちなんで馬頭刈山)は参加者が少なく中止となったので、これが今年の登山初め。
■1/19(月)
腫れて暖かい。
I本氏とは甲府駅で行き会い、竜王駅から甲斐市民バス(敷島北部線)で清川BSに12:48。助手席含めて7人乗りの車種だったが、他の乗客は途中で乗降した常連女性のみ。運転手と近場の山の話をしていた。午後からの登山開始は常識からすると遅いが、バスがこの時間しか無いので致し方ない。
BSから歩き出すと、太刀岡山がボリューム感をもって迫る。車道を15分ほど歩き、太刀岡山登山道入口の看板に従って橋を渡り、民家前の小径から登山道へ。岩壁下の祠に山行の無事をお願いして少し登ると、鋏(ハサミ)岩が突き立っている。鋏岩の向こうに茅ヶ岳~金ヶ岳(かながたけ)がきれいに見える。標高差200m以上を真っすぐに登り、太刀岡山の三角点(1295.6m)ピークに14時過ぎ。石祠や山梨百名山、「こうふ開府五〇〇年記念」で選定された甲府名山の標柱があった。休憩の後、緩やかな鞍部を経て踏んだ北峰(1322m)には山名プレートが置いてあるのみ。冬枯れの樹林を下り、越道(こえど)峠(1168m)で未舗装林道を横切る。
尾根を登っていくと、行く手右の山腹、地形図の岩崖マークの箇所に抉れた岩壁が見える。大月辺りならば「鬼の岩屋」とでも名付けそう(⇒ 大月観光協会/大月桃太郎伝説)な様相で、鬼頬山(おにがわやま)の名の由来かもしれない。1350mより上は等高線の詰まった急登で、テント泊装備に水と食料の重量MAXでは大変キツい。上り詰めると山頂部は細長く、鬼頬山(1516m)の山頂標は北寄りにあった。ここも甲府名山に選定されている。16時をまわり夕暮れも間近だが、擦れ違った単独の若者は地元民だろうか。鬼頬山北の鞍部を過ぎ、泊り場所を探しながらゆるゆると登る。計画では八丁峰(1610m)と黒富士の間の鞍部を泊地としていたが、八丁峰手前に平坦地を見出し、それぞれにソロテントを張った。歩き終えたのは16:50、その前からしきりに鹿の声がしている。ここではスマホが通じた。テントに入って落ち着いていると風の音が急激に高まった。大方は木を鳴らすだけだが、夜中に時折テントを揺るがせた。
■1/20(火)
5:50、ヘッドランプで出発。晴れ、風は変わらない。
八丁峰から東へ下り、曲岳方面への分岐まで行くと、I本氏は体力温存のため黒富士へは行かずここで待つと言う。計画行程を無理強いすることもないので、自分だけ先へ進んだ。暗い中で草原の踏み跡を外すこともあったが、特に困難もなく黒富士(1633m)に登頂。甲府名山の山頂標傍らから見下ろす街の灯がきれいだった。山頂から反対側に下っていく道は昇仙峡の方へ抜けるのかもしれない(バスの運転手が、黒富士から昇仙峡へ行く単独女性を乗せたことがあると話していた)。I本氏のところまで戻ると6時半。黒富士まで地図のコースタイムで片道30分のところ、それほど急がずとも往復で30分少々だった。明るくなったのでヘッドランプを外す。
これまた甲府名山の小岩峰、升形山(1650m)に6:50。岩のてっぺんに立ったところ、ヤッケのフードを風に煽られた拍子に被っていたバンダナふうキャップを持っていかれてしまい、頭が寒い。黒富士なめの富士山、踏んできた鬼頬山などの向こうに甲府盆地と、眺望が良い。縦走路に戻り、八丁峠を経て曲岳(まがりだけ、1642.8m)に7:45。短いながらも急登で、山頂手前の展望舞台からは山麓に平見城(ひらみじょう)畜産団地を抱えた太刀岡山が良く見える。曲岳は山梨百名山に数えられている。曲岳の下りには岩場が出てくる。下の写真の岩は出口が狭く、ザックを擦りながら後ろ向きになり足元を確認しながら下りるようだった。下って行って尾根の先端左右が崖になる手前の「めまい岩」を突端まで伝うと、正面に八ヶ岳、左手にこれから進む観音峠から金ヶ岳。尾根から下りていったん道路に出、観音峠からふたたび登山道に入る。入口に「観音峠ルートは大明神開拓地ルートより急峻な箇所が多いので注意」と敷島町(合併して現在は甲斐市の一部)のプレートがあった。なるほど注意書きの通り痩せ尾根や岩場、クサリ場が現れ、ついで急登にかかる。予想より変化に富んだルートで楽しい。1650mピークまで登ると、先ほどからペースが上がらないと言っていたI本氏が「この先の分岐で待っているから、金ヶ岳を往復してきて」。お言葉に甘え、先行して分岐(1750m、ここにも「観音峠」のプレートあり)へ進み、10:55、金ヶ岳(1764m)を踏んだ。薄曇りで風も冷たいが、LINEを打ったりして休憩。
分岐まで戻るとI本氏が腰を下ろしており、さらに15分ほど休憩。
分岐から下り、茅ヶ岳と富士山を望む。太刀岡山も目立っている。
鞍部手前で石門を潜る。
茅ヶ岳(1704.0m)には12:25登頂。雲の多いのが残念だが、見晴らしは素晴らしい。茅ヶ岳からの下りは深田記念公園へ向けて尾根ルートを採る。急傾斜が終わると後は易しい道だ。空身の単独男性と擦れ違い、今回山行中に会ったのはこれが二人目にして最後だった。尾根を下りて道路に出たところでタクシーを呼ぶと、25分程で深田記念公園の駐車場に到着とのこと。14:20にその駐車場に下山し、身支度を済ませたところにタクシーが来た。
甲府名山(升形山、黒富士、鬼頬山、太刀岡山)、山梨百名山(茅ヶ岳、曲岳、黒富士、太刀岡山)をそれぞれ四つ稼ぐ山行となった。
タクシーで韮崎駅まで4400円。何か食べようと店を探し、結局少し歩いてココスに入った。韮崎は駅前が少々寂しい。
■今回のルート
★2025年の記事一覧 ― 2025年12月31日 23:59
2025/12/26(金)~12/27(土) 北八ヶ岳・縞枯山~黒百合平 ― 2025年12月26日 00:00
T中・H氏と無名山塾の自主山行。スノーシューを主目的として登山要素に天狗岳を加えた計画だったが、結果的に時間が乏しくなって天狗岳は割愛した。このルートは10年ぶり(⇒ 2015/1/11~1/12記事)だ。
■12/26(金)
家を出る時には雨が上がり星が見えていたが、あずさ1号で茅野まで来ると曇り、北八ヶ岳ロープウェイまでのバス(2000円)乗車中に小雪となった。
ロープウェイ(1400円)で山頂駅に上がり、11:20、まずはツボ足で出発。曇り空だが降ってはいない。ほとんどの人は坪庭散策なのか、すぐに人影がまばらになる。縞枯山荘を過ぎ、雨池峠から樹林に入って縞枯山(2403m)へ。人は少ないがトレースはしっかり付いており、ツボ足で不自由しない。下の写真は2387.2m三角点ピークの手前。時折小雪の舞う中で展望は期待できないので、ピークは省略した。茶臼山(2384m)、中小場(なかこば、2232.4m)と踏んで、大石峠から麦草峠へ。14時、雲の切れ間から青空が覗くが長続きしない。麦草ヒュッテ前のベンチで休憩。
歩き出したところでトレースが途切れ、スノーシューを装着する。T中氏はレース用の軽いものだが、自分のはかつてデナリ登山に用いた大物の上に久しぶりに使うこともあって、やや手間取った。白駒池方面へ散策する人はいるが、丸山の方はまた無人。トレースは復活したものの、狭い踏み跡を大判のスノーシューで辿るのは少々歩きづらい。丸山(2329.9m)を越えるのに結構くたびれて、高見石小屋には16時過ぎ到着。小屋前にテントは2~3張、平らな処を見繕って自分の二人用テントを設営する。受付のため小屋に行くと、暖炉の火が暖かくて羨ましい。テント泊は一人600円(トイレ込み)で、北ア等に比べると格安だ。アルコールの有無を訊くと、容器を持っていけば日本酒、ワインを買えるとのこと。
各自に食事し、持参の酒を飲みながら水作り。夜中に少しだけ風が吹いたが、雪は降らず、概ね静かだった。
■12/27(土)
すっきりと晴れた。アイゼンを履き、6:45に出発。ところが、中山方面には白駒池へ向かう途中から分岐するのだと勘違いし、東へ入ってしまった。これほど下るのはおかしいと気付いて引き返し、30分のロス。正しいルートは小屋前から反対方向で指導標もあるのだが、昨日の到着時には薄暗かったためか中山方向は目に入っていなかった。中山は急登というほどではないが案外と疲れ、単調な日陰の登りから山頂部で陽光の下に出て一息つく。展望台の手前でトレースは樹林の方に逃げていたが、2~3度雪を踏み抜いて見晴らしの良い指導標まで到達。左右に天狗岳、蓼科山を配し、その間に南ア、中ア、北アと並ぶ絶景。展望台まで黒百合平側からのトレースは付いていた。それを辿って中山(2496m)を越え下っていくと、中山峠手前から天狗岳が大きく見える。中山峠に9:40。計画通りにここから天狗岳を越えて渋の湯へ向かうと、山と高原地図のコースタイムで4時間半。渋の湯からのバス(11:05と15:00の2本のみ)までに余裕があるとは言い難く、天狗岳は割愛と決定した。しかし直接渋の湯では時間が早すぎるので、パノラマコースで渋辰野館に下りて入浴することにする(渋御殿湯は日帰り入浴をやめてしまったと思ったのだが、帰宅後に確認するとそんなこともなかった)。
黒百合ヒュッテ前のベンチで一休みして下山開始。多くの登山者と擦れ違う。途中、渋辰野館のHPに「日帰り入浴は要予約」とあるのを見逃していたことにT中氏が気付いたが、幸い唐沢鉱泉への分岐(2006m)で電話確認できた。パノラマコースとは名ばかりの樹林の道で分岐から先は通る人もいないらしく、ウサギかせいぜい鹿らしき足跡があるのみ。最後に八方台に上がると、南八ヶ岳の峰々が美しかった。13:10、渋辰野館に下山。日帰り入浴は1650円となかなかの値段だが、信玄の薬湯でじっくり暖まることができた。
■今回のルート
■12/26(金)
家を出る時には雨が上がり星が見えていたが、あずさ1号で茅野まで来ると曇り、北八ヶ岳ロープウェイまでのバス(2000円)乗車中に小雪となった。
ロープウェイ(1400円)で山頂駅に上がり、11:20、まずはツボ足で出発。曇り空だが降ってはいない。ほとんどの人は坪庭散策なのか、すぐに人影がまばらになる。縞枯山荘を過ぎ、雨池峠から樹林に入って縞枯山(2403m)へ。人は少ないがトレースはしっかり付いており、ツボ足で不自由しない。下の写真は2387.2m三角点ピークの手前。時折小雪の舞う中で展望は期待できないので、ピークは省略した。茶臼山(2384m)、中小場(なかこば、2232.4m)と踏んで、大石峠から麦草峠へ。14時、雲の切れ間から青空が覗くが長続きしない。麦草ヒュッテ前のベンチで休憩。
歩き出したところでトレースが途切れ、スノーシューを装着する。T中氏はレース用の軽いものだが、自分のはかつてデナリ登山に用いた大物の上に久しぶりに使うこともあって、やや手間取った。白駒池方面へ散策する人はいるが、丸山の方はまた無人。トレースは復活したものの、狭い踏み跡を大判のスノーシューで辿るのは少々歩きづらい。丸山(2329.9m)を越えるのに結構くたびれて、高見石小屋には16時過ぎ到着。小屋前にテントは2~3張、平らな処を見繕って自分の二人用テントを設営する。受付のため小屋に行くと、暖炉の火が暖かくて羨ましい。テント泊は一人600円(トイレ込み)で、北ア等に比べると格安だ。アルコールの有無を訊くと、容器を持っていけば日本酒、ワインを買えるとのこと。
各自に食事し、持参の酒を飲みながら水作り。夜中に少しだけ風が吹いたが、雪は降らず、概ね静かだった。
■12/27(土)
すっきりと晴れた。アイゼンを履き、6:45に出発。ところが、中山方面には白駒池へ向かう途中から分岐するのだと勘違いし、東へ入ってしまった。これほど下るのはおかしいと気付いて引き返し、30分のロス。正しいルートは小屋前から反対方向で指導標もあるのだが、昨日の到着時には薄暗かったためか中山方向は目に入っていなかった。中山は急登というほどではないが案外と疲れ、単調な日陰の登りから山頂部で陽光の下に出て一息つく。展望台の手前でトレースは樹林の方に逃げていたが、2~3度雪を踏み抜いて見晴らしの良い指導標まで到達。左右に天狗岳、蓼科山を配し、その間に南ア、中ア、北アと並ぶ絶景。展望台まで黒百合平側からのトレースは付いていた。それを辿って中山(2496m)を越え下っていくと、中山峠手前から天狗岳が大きく見える。中山峠に9:40。計画通りにここから天狗岳を越えて渋の湯へ向かうと、山と高原地図のコースタイムで4時間半。渋の湯からのバス(11:05と15:00の2本のみ)までに余裕があるとは言い難く、天狗岳は割愛と決定した。しかし直接渋の湯では時間が早すぎるので、パノラマコースで渋辰野館に下りて入浴することにする(渋御殿湯は日帰り入浴をやめてしまったと思ったのだが、帰宅後に確認するとそんなこともなかった)。
黒百合ヒュッテ前のベンチで一休みして下山開始。多くの登山者と擦れ違う。途中、渋辰野館のHPに「日帰り入浴は要予約」とあるのを見逃していたことにT中氏が気付いたが、幸い唐沢鉱泉への分岐(2006m)で電話確認できた。パノラマコースとは名ばかりの樹林の道で分岐から先は通る人もいないらしく、ウサギかせいぜい鹿らしき足跡があるのみ。最後に八方台に上がると、南八ヶ岳の峰々が美しかった。13:10、渋辰野館に下山。日帰り入浴は1650円となかなかの値段だが、信玄の薬湯でじっくり暖まることができた。
■今回のルート
2025/12/14(日) 大岳山 ― 2025年12月14日 00:00
自分が担当の八ッ峰クラブ山行。前回担当の日光白根山(⇒ 11/9記事)と同じく、前後は好天で当日降雨の予報。午後から晴れるようだが・・・ I田・T氏、O崎・K氏、A井・T氏、T橋・T氏が参加し、総勢5名でワゴン車を利用した。T橋氏は前回に続くゲスト参加だが、車中で入会表明して、今回が入会前のお試し山行となった。
ワゴン車で千足バス停から細い道に入ってもらい、奥の集落を抜けた回転場まで。以前は車で林道終点まで行けたのだが、ここでゲートが閉まっていた。小雨の中で身支度し、8時半に出発。
林道終点まで10分。登山道に入って植林の間を登る。天狗滝はスキップし、綾滝で休憩。水はほとんど落ちていない。綾滝から登山道は沢を離れ、尾根を登っていく。急登と言うほどではないが、年配者の多いメンバ故スピードは上がらず、先頭を行くリーダーとしてはゆっくり歩きが難しい。馬頭刈(まずかり)尾根の縦走路に合流して、つづら岩に10時半。つづら岩でクライミングの様子を見せてやれるかと思ったが、この天気ではさすがに無人だった。つづら岩の下を横切って尾根に上がると、足元にも岩が出てくる。「この先道悪し」の看板の岩場には鉄階段が設置されている。歩きやすくなったり、また岩場があったりして、富士見台(地形図の1054mピーク)へ。休憩舎傍らの木に「大怒田山」の札が付いていた。樹林に囲まれており、天気が好くても眺望は期待できそうにない。大滝・大岳鍾乳洞へ下りる道を分け、白倉(しらくら)分岐に11:35。昭文社山と高原地図ではやや紛らわしいが、地形図で判るように、二つの分岐は離れている。
緩やかな登り道の傍らに祠を見、鋸山への分岐を過ぎると、そのまま尾根を辿る道と右へ巻いていく道が分岐している。指導標は無いが、右の大岳山荘へ向かう道へ。尾根を辿ると南から大岳山頂へ急斜面を直登することになる。この辺りから「猿田彦大神」や丁目石が現れた。細い箇所もあるが楽なトラバース道で、大岳山荘に12時過ぎ到着。ずいぶん以前から休業中の山荘だが、今日は屋内に人がいた。新装オープンするのだろうか、足場に囲われて新しそうな建屋もある。別棟のトイレはきちんと整備されていた。
大岳神社に御挨拶。お気に入りのオオカミ狛犬は湿って年号などの彫り文字が読みやすい。もう迷うこともないので、先頭をT橋氏に交代。階段状に石を置いた道から木の根、岩を掴む登りをこなすうちに、空が明るくなってきた。奥多摩では昨夜は雪になったかと思ったが、雪も凍っている箇所も無い。12:50、大岳山(1266.5m)に登頂。急速に晴れて、頭上に青空が広がった。西に雲から頭を出しているのは御前山、南の雲の塊は富士山。この山は、自分は5回目になるか?(⇒ 過去記事:2006/10/8、2010/11/21、2016/6/11、2022/3/28)
計画では山頂で昼食(12:30~13:00)だったが、やや遅れているので、13:10までの休憩とする。大岳山荘まで人に会わなかったが、晴天を待っていたかのように2~3パーティがやってきた。
山頂から南へ下りる計画だったが、今日のメンバに濡れた急斜面は危険なので、来た道を大岳山荘から白倉分岐へと戻る。その途中にも擦れ違うパーティがあった。
分岐からは易しい道で、T橋氏を先頭に順調に下った。一時霧が出て、また曇ってくる。御前山と同じく、大岳山も山頂だけ雲から出ていたらしい。林道を横切ってさらに尾根を下った先に鳥居があるので、この道がずっと大岳神社の参道ということになる。丁目石も残っていて、鳥居の下が「一丁目」だ。15時半、白倉バス停に下山。登りは遅いが下りはほぼ地図のコースタイムで、結果的に計画より10分早く下山できた。
下山見込み時間を連絡しておいたので、ワゴン車が待っていてくれた。計画に組み込んでおいた瀬音の湯は特に希望者がいないため割愛して、そのまま帰路に就いた。
■今回のルート
ワゴン車で千足バス停から細い道に入ってもらい、奥の集落を抜けた回転場まで。以前は車で林道終点まで行けたのだが、ここでゲートが閉まっていた。小雨の中で身支度し、8時半に出発。
林道終点まで10分。登山道に入って植林の間を登る。天狗滝はスキップし、綾滝で休憩。水はほとんど落ちていない。綾滝から登山道は沢を離れ、尾根を登っていく。急登と言うほどではないが、年配者の多いメンバ故スピードは上がらず、先頭を行くリーダーとしてはゆっくり歩きが難しい。馬頭刈(まずかり)尾根の縦走路に合流して、つづら岩に10時半。つづら岩でクライミングの様子を見せてやれるかと思ったが、この天気ではさすがに無人だった。つづら岩の下を横切って尾根に上がると、足元にも岩が出てくる。「この先道悪し」の看板の岩場には鉄階段が設置されている。歩きやすくなったり、また岩場があったりして、富士見台(地形図の1054mピーク)へ。休憩舎傍らの木に「大怒田山」の札が付いていた。樹林に囲まれており、天気が好くても眺望は期待できそうにない。大滝・大岳鍾乳洞へ下りる道を分け、白倉(しらくら)分岐に11:35。昭文社山と高原地図ではやや紛らわしいが、地形図で判るように、二つの分岐は離れている。
緩やかな登り道の傍らに祠を見、鋸山への分岐を過ぎると、そのまま尾根を辿る道と右へ巻いていく道が分岐している。指導標は無いが、右の大岳山荘へ向かう道へ。尾根を辿ると南から大岳山頂へ急斜面を直登することになる。この辺りから「猿田彦大神」や丁目石が現れた。細い箇所もあるが楽なトラバース道で、大岳山荘に12時過ぎ到着。ずいぶん以前から休業中の山荘だが、今日は屋内に人がいた。新装オープンするのだろうか、足場に囲われて新しそうな建屋もある。別棟のトイレはきちんと整備されていた。
大岳神社に御挨拶。お気に入りのオオカミ狛犬は湿って年号などの彫り文字が読みやすい。もう迷うこともないので、先頭をT橋氏に交代。階段状に石を置いた道から木の根、岩を掴む登りをこなすうちに、空が明るくなってきた。奥多摩では昨夜は雪になったかと思ったが、雪も凍っている箇所も無い。12:50、大岳山(1266.5m)に登頂。急速に晴れて、頭上に青空が広がった。西に雲から頭を出しているのは御前山、南の雲の塊は富士山。この山は、自分は5回目になるか?(⇒ 過去記事:2006/10/8、2010/11/21、2016/6/11、2022/3/28)
計画では山頂で昼食(12:30~13:00)だったが、やや遅れているので、13:10までの休憩とする。大岳山荘まで人に会わなかったが、晴天を待っていたかのように2~3パーティがやってきた。
山頂から南へ下りる計画だったが、今日のメンバに濡れた急斜面は危険なので、来た道を大岳山荘から白倉分岐へと戻る。その途中にも擦れ違うパーティがあった。
分岐からは易しい道で、T橋氏を先頭に順調に下った。一時霧が出て、また曇ってくる。御前山と同じく、大岳山も山頂だけ雲から出ていたらしい。林道を横切ってさらに尾根を下った先に鳥居があるので、この道がずっと大岳神社の参道ということになる。丁目石も残っていて、鳥居の下が「一丁目」だ。15時半、白倉バス停に下山。登りは遅いが下りはほぼ地図のコースタイムで、結果的に計画より10分早く下山できた。
下山見込み時間を連絡しておいたので、ワゴン車が待っていてくれた。計画に組み込んでおいた瀬音の湯は特に希望者がいないため割愛して、そのまま帰路に就いた。
■今回のルート
2025/12/11(木) 「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」 ― 2025年12月11日 09:35
「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」鑑賞@イオンシネマ熊谷。
⇒ 作品公式サイト
丸っこい三頭身キャラクターで描き出す、死臭漂う地獄絵図。
本編11巻ある原作コミックの途中までの映画化と思いきや、全体を大胆に2時間足らずに縮めてあった。脚本には原作者も参加してストーリーとしてまとまっているが、さすがにこの尺では日本軍内部の葛藤や軋轢は盛り込めないし、唐突な展開(米軍陣地に潜り込んで映画を観るなど)も残る。
しかし、アニメーションならではの美しい「楽園」描写を背景に戦争の残酷さ、愚かしさを描き出し、戦後80年目に相応しい映画となった。吉敷上等兵の最期の言葉には涙が出た。
平日故館内はガラガラだったが、親子連れらしいのもいた。しかしこの作品、PG12よな。
⇒ 作品公式サイト
丸っこい三頭身キャラクターで描き出す、死臭漂う地獄絵図。
本編11巻ある原作コミックの途中までの映画化と思いきや、全体を大胆に2時間足らずに縮めてあった。脚本には原作者も参加してストーリーとしてまとまっているが、さすがにこの尺では日本軍内部の葛藤や軋轢は盛り込めないし、唐突な展開(米軍陣地に潜り込んで映画を観るなど)も残る。
しかし、アニメーションならではの美しい「楽園」描写を背景に戦争の残酷さ、愚かしさを描き出し、戦後80年目に相応しい映画となった。吉敷上等兵の最期の言葉には涙が出た。
平日故館内はガラガラだったが、親子連れらしいのもいた。しかしこの作品、PG12よな。












































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