2010/5/1(土)~5/4(火) 朝日連峰 ― 2010年05月01日 00:00
【惹句;笑】
クマを見た。
UFOを見た。
道路は雪崩で埋まっていた。
恐るべし東北。
【本文】
I干・S氏と、無名山塾の自主山行。
一昨年の同じ時期の飯豊連峰(⇒ 2008/5/3~5/5記事)が大いに気に入ったので東北の連峰シリーズとして自分が言い出したのだが、業務多忙のためI干氏に丸投げ状態で計画から宿の手配からみんなやってもらった。
■5/1(土)
本日は移動のみ。
大宮から山形まで新幹線を利用、左沢(あてらざわ)線に乗り換えて左沢へ。沿線は満開の桜の傍らで鯉のぼりが泳いでいる。左沢からタクシーで古寺(こでら)まで、1万円弱。古寺川沿いの林道を40分ほど歩く。林道は除雪してあり車も入れた。林道終点から雪を踏んですぐ、古寺鉱泉の旅館「朝陽館」に14:40到着。今年は昨日から営業だとか。泊まり客は他に山スキーの1名のみ。素泊まりは4000円で寝具あり、鉱泉にも入れた。持参の夕食を摂り、21時の消灯を待たずに就寝。
■5/2(日)
4時半起床。部屋前の廊下にはランプが灯っている。スキーヤーは一足先に出発していった。こちらも食事をして6時過ぎに出発。晴れ、7℃。
旅館の裏手には雪があったが、尾根に取り付くと地面が出ていてアイゼンは不要。イワカガミがひとつふたつ咲いていた。暑くなって標高838m地点を過ぎたところでシャツを脱ぐが、足下はまた雪になる。
夏道通りにハナヌキ峰の斜面をトラバースし、鞍部の分岐(道標が見えているわけでもないが)で休憩。
古寺山手前より
9:00 古寺山(1500.7m)~9:40 小朝日岳(1647m)と辿る。途中、スキーヤーに追いついたが、以後、朝日岳までほぼ同じペースだった。
小朝日岳を過ぎると風が出てきた。山頂から熊越(くまのこし、と読むらしい)の辺りは南側が切り立ってエアリア(昭文社の山と高原地図)には危険マークが付いている。北側から斜面を上がって稜線に顔を出したところで尾根の細さにちょっと驚いたが、跨ぎ越してピッケルを刺しながら進むのに特に難しいことはなかった。
傾斜が緩やかになり大朝日の山頂がよく見える箇所(1769地点付近)に「霊山朝日嶽神社奥社」の碑がある。山頂を望む位置にあるのは、山体そのものがご神体ということか。
大朝日小屋に11時半。小屋1階のドア前には雪が残っていて開かず、2階ドアから出入りするらしいが、ハシゴの上に立ってドアを開閉するのは危なそうだ。
ここにザックを置いて山頂まで往復することにし、大朝日岳(1870.3m)山頂に12時。古寺鉱泉から6時間弱で約1200m登ったことになる。天候に恵まれ、山頂からは360°の大パノラマ。来た道、行く道、前に飯豊連峰、後ろに月山。飯豊の右奥に見えるのはどこだろう?
30分ほど眺望を楽しんでから下りる。
計画では余裕を見て大朝日小屋泊まりだったが、時間が早いので先に進む。
小屋から中岳に向かっては広々として気分がよい。が、風が吹いて雲が出てきた。いよいよ降りそうな気配なのでオーバーヤッケを着るが、結局雲は厚くならず、湿った雪がほんの一瞬舞ったのみ。もし本当に降り出したら、先ほどからの風で即吹雪だろう。
中岳を越えて下っていくと、後ろからI干氏が名前を呼ぶのが聞こえた。しかし、風の音でそれ以上は聞き取れず、少し登り返して聞くと、「クマ!」だと。下を見ると、子熊らしいのが前方左のハイマツの覗く斜面を上がりきって鞍部を横切るところ。カメラを取り出そうとしたが間に合わず、右側雪壁の下に消え、それきりだった。周囲に母熊はいないだろうな、と警戒しながら熊の横断地点まで行くと足跡が残っていた。山中で熊に会ったのは初めてだ。
西朝日岳(1814m)に14時前。ここからはきれいな三角形に見える大朝日が美しい。
西朝日岳の三角点はパスして竜門山(1688m)に向かう。15時過ぎにピークを越え、15時半、竜門小屋に到着。本日の行動は9時間超。業務多忙のためこの1年間はほとんど山行できておらず、筋力~特に登り用~の衰えを痛感する。
竜門小屋には管理人が入っていて、2階の隅を割り当ててくれた。まだ新しく、きれいで気持ちの良い小屋だ。使用料(あるいは協力金)は1500円。ここまで来る途中で行き会った人から、下山路に予定していた大鳥池から先はスノーブリッジが多くて危ないと聞いていたので管理人さんに状況を尋ねると、三角峰から北に茶畑山まで行き泡滝ダムの方に下りるのがよいとのこと。
水作り用の雪は管理人さんがバケツにとって1階に置いてくれるので、それを使って食事。食事担当は夕食朝食1回ずつだが、二人とも夕食=マーボ春雨、朝食=餅入りラーメンでダブっていた。1階は常連さんらしく酒盛りをやっている。やがて2階にも人が入って、ほぼ満員となった。
終夜風の音がしていたが小屋の中は安泰。
■5/3(月)
4時半起床。周囲も起き出す人が多い。食事をして6時過ぎに出発。晴れ、5℃。小屋を出て間もなく風が吹き始める。この風はほとんど一日中止まなかった。
この辺、なだらかで広くて気持ちが良い。雪面には右側斜面に落ちる亀裂が走っており、踏み跡は左側のハイマツやシャクナゲと亀裂の間を通っている。時々、藪に踏み込む。
7:15に寒江山(かんこうさん、1694.9m *1)を通過。気温は10℃ほどもあって暖かいが、ピークは特に風が強くて休憩していられない。北寒江山(1658m)を過ぎると雪が少なくなり、夏道の出ている箇所が多くなる。雪の斜面だけアイゼンを着けて進む。
伊東岳(1771.4m)にはアイゼンなしで登って10:40。山頂でやや風が弱まったので暫し休憩。
と、I干氏が「あれ何でしょうね」と東の空を指す。見ると、街(天童市辺りか)の上空に白い球形に見えるものが浮いていた。「UFOかな」とザックから小型双眼鏡を出して目に当てた時にはすでに消えていた。I干氏も見失っていて、実際何だったのだろう。
伊東岳からの下りにはやや慎重を要するトラバースあり。また風が強まる。
オツボ峰を経て三角峰へ向かう。三角峰のピーク(1520m)には上がらずに高度一定で巻いていくと雪の大斜面。万一滑るとかなり下まで落ちそうなので、念のためアイゼンを着ける。グルっと回って進路が北を向いたところで稜線に上がり、戸立山(1552.1m)に14時。
三角峰を過ぎて
行き会ったパーティは茶畑山の北西の尾根を上がってきたと言う。踏み跡が付いているのならこれから先が楽になる。
そろそろテン場を探す時間だ。I干氏が地形図を見て茶畑山のピークから北西に下りた鞍部がよさそうと言うが、そこまで行けるか?
進んでいく稜線は広くてどこにでもテントを張れそうだが、風を考慮し、1389m地点を過ぎて樹林が顔を出している箇所に決定。掘った雪を風除けに積み、テント設営して15時半。適切な時刻だ。
設営中はやや収まっていていた風は日没とともに再び強まった。夜中にはかなりの強風でテントがバタついたが、大人二人が入っているものを吹き飛ばすほどではないのでそのまま寝ていた。
■5/4(火)
4時起床。明るくなって外を見るとガスっている。夕食の後で雪を詰めて外に置いたコッヘルや雪取り袋の中身は半分水になっていた。
相変わらず強風で、時折テントに雨の当たる音もする。日の出で風の弱まることを期待したが無理のようだ。
風の中でテント撤収し、6時過ぎに出発。雨は一時的なものだったらしい。昨日のパーティの踏み跡を探しあてたが、念を入れてコンパスを茶畑山に合わせ、ガスの中を進む。
茶畑山のピークと思われる盛り上がりを越え、鞍部に下りて次の盛り上がり・・・と辿るが、この辺で前日パーティの踏み跡を見失った。地形図と足下の傾斜などで進路修正しつつ行くと、標高1200m付近でガスが晴れた。前方に山塊、左手の尾根はいいとして右手に見える尾根は何だ?とI干氏と検討し、最終的にGPSのご託宣を聞く。これまでの進路からの見当とGPSが一致したので、コンパスを1137mに合わせて進行。あとは顕著な尾根を下るだけ、と思ったが・・・
目標の尾根に乗ったつもりだったのだが、後でGPSデータを見るとその手前の目立たない尾根に入っていた。実際には1137の南側をトラバースしていたのを1137から舌状に伸びる緩やかな下りと勘違いしたらしい。それで次は944m地点、とやるものだから迷走(これもGPSデータ=下の地図を見直しての話)。ただ、踏み跡はあったので、この数日のうちに同じルート(この場合は同じ轍か)を踏んだ人がいたことは確実。
そのうちにI干氏がGPSを見て、今、ゴウラ沢の上の方です、と言う。この時は舌状の先を西に下った地点のイメージだった。ならば、ゴウラ沢と平行にそのまま西に進めば比較的緩やかな尾根で車道に出られるだろう・・・と考えたのだが、実際の現在地はもっと手前、ゴウラ沢に直接繋がる谷の北斜面だったのである。
沢から一定の距離を置いて進もうとすると、雪が消えて樹木を踏み越える箇所が出てくる。幹にアイゼンの傷がついているからここでいいなと思うと、次の雪の斜面で踏み跡がなくなった。枝を掴んで少し下りてみると、傾斜で雪がブロック状に切れていて歩けそうにない。下はダメだ上へ行こうとI干氏が先行するが、こちらは元の地点に戻るのに難行。この辺の木は冬の雪の重みで斜面の下に向かっているものが多い。下りるには良いが登ろうとすると枝が引っかかるのだ。かなりの急斜面で汗をかいてI干氏に追いつくと、「アイゼンが外れたので拾ってください」。見ると二人の間に片方のアイゼンが引っ掛かっている。そこで止まらなかったらずっと下まで落ちて、多分拾いに行けなかっただろう。危ない危ない。
斜面を這い上がったところで地形を見定め、本来のルートの944m地点へは北に向かってトラバースして行けばいいだろうと見当をつける。雪の斜面と樹林を交互に越えるが、広い斜面はちょっと不気味。雪崩れることはないと思うが、一応間隔を開けて、二人揃って飲み込まれないように用心する。安全な樹林で休憩中、I干氏が眼下に建物を見つけた。地形図で944地点の下にある雨量観測所だろう。到着してみると朽ちかけたコンクリ製の小屋だった。茶畑山(6時半)からここまで3時間。順調に下っていれば何の困難もなかったろうに。まあ、時間には余裕があるので慌てることはない。
当然、ここには前日パーティの踏み跡があり、今度こそその通りに下るだけ。寝ている木にちょっと手を貸してやると雪を割って立ち上がったりする。早くも花を付けているのは「まんず(まず、真っ先に)咲く」意という「まんさく」だろうか。
標高710m付近にある小屋が現在の雨量観測所なのだろう。そこから下っていくと間もなく雪がなくなりアイゼンを外した。夏道にはイワカガミがたくさん咲いており、野ウサギを見かけた。下りきったところにトタン葺きのマタギ小屋がある。アイゼンの泥を沢で洗い流し、ついでに顔も洗い、スパッツを外して10時半。
あとは車道歩きだ・・・と思ったのだが、これがまた。
路上に雪が残っているなんてものじゃなく、しばしば谷から押し出してきた雪崩のデブリを乗り越えねばならない。一度など乗り越えてみたら道がない、どうなってるんだと思ったら、ずっと先まで斜面から落ちた雪で埋まっているのだった。新たな雪崩の心配はないので、それはそれでちょっと楽しいが。
それも一段落して雪解け水が水溜まりを作るようになった頃、クゥクゥという鳴き声。鳥か? 違う、声は下から、カエルだった。水溜まりにモロモロと卵の塊があり、その親だろうか、成体が2、3匹。恥ずかしがり屋らしく、すぐに雪や木の葉の下に隠れてしまった。
やがて左右が開ける。この辺、夏はさわやかな川沿いの樹林になるのだろう。
徐々に足下から雪が消え、本当の車道歩きになる。変電所があり、ダムを過ぎ、耕作地に出ると菜を摘む人がいる。東北の春。
湿った靴下で舗装路をガシガシと歩いたためか両足にマメができたのを我慢して、ようやくバス停に到着したのが13時半。
鶴岡行きのバスまでに1時間以上ある(と言っても日に5本しかないので、結構いいタイミングだ)ので、タキタロウ公園で食事とビール。
鶴岡から新潟へ出て新幹線へと乗り継ぐ。土産物を物色する時間もないくらいに接続がよかったが、幸い自由席に座れた。
■今回のルート(山行時のGPS軌跡を2024年12月時点の地形図に表示)
上から、全体図、5/1~5/2、5/3、5/4の行程
*1:山名は寒河江(さがえ)市と関係あり? 寒河江にあるお寺の山号が寒江山らしい ⇒ やまがたへの旅/寒江山長登寺
2010/5/9(日) 鶴田謙二原画展 ― 2010年05月09日 00:00
代々木上原の GALLERY IN Fields にて最終日に鑑賞。
画集で観ている絵も、ナマはペンタッチや素材など迫ってくる力が違う。未見(新作?)の漫画原稿もあり。
チャイナさんものあたり1枚欲しいなぁ。とりあえず絵葉書セット\500×3を購入。
客層には若い女性もいたのがやや意外。「男心は男でなけりゃ分かるもんかよ、ねぇあんた」の世界かと思っていた。家族連れで小さな男の子もいたが、さすがに君には分かるまい。
画廊を出て空を見上げたら飛行船が浮かんでいた。何となく平仄が合っている。
2010/5/9(日) なぞなぞ宇宙講座5~宇宙への道~ ― 2010年05月09日 19:00
新宿で献血、買い物した後、ロフトプラスワン。
以下、HP掲載のスケジュール(⇒ 2010年5月スケジュール)より引用。
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民間による最小型有人宇宙船、超小型ロケット開発プロジェクト「なつのロケット団」について、開発者から聞く一夜。
【出演】野田篤司、八谷和彦
【聞き手】藤谷文子
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なぞなぞ宇宙講座には初参加だが、熱い話と危ない動画(撮影、録音禁止)で大いに楽しませてもらった。何よりこれを本気になってやっている人間がいるんだという事実に感動する。藤谷<平成ガメラ>文子さんは壇上からの「焼酎ください」のセリフが素敵で改めてファンになった。
客席には浅利氏、松浦氏もいて時々補足説明があったり。
なつのロケット団 → あさりよしとお『進め!なつのロケット団1』
野田篤司<司令> → マツドサイエンティスト・研究日誌
八谷和彦氏 → 展覧会「オープンスカイ2.0」
そして、ホリエモン。こんな連中と仲間になれるほどのアツい宇宙オタクだったのか。見直した。
次のロケットまつりは6/6。
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「ロケットまつり38」
~ホリエモンと語る夏のロケット、そして未来~
北海道でロケット開発をしていることが明らかになったいつもの3人とホリエモン。彼らが語る、ロケット開発の楽しみと苦労、ロケットに託す未来。夏のロケットは飛ぶ。その先へ、もっと先へ!
【出演】松浦晋也(ノンフィクション・ライター)、笹本祐一(SF作家/予定)、浅利義遠(マンガ家)
【Guest】堀江貴文
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2010/5/16(日) 外秩父七峰縦走 ― 2010年05月16日 00:00
去年1月の凍傷療養(https://marukoba.asablo.jp/blog/2009/01/11/9523426)とそれにオーバーラップした業務多忙ですっかり山用の身体がなまってしまった。夏山に向けて立て直すべく、お手軽な長距離ハイキングとして年1回は歩いている外秩父七峰縦走。
二本木峠のツツジが満開だった。藤の花は山でも見かけたが、里の畑の傍らのが見事。
目標10時間のつもりだったのだが、なんと9時間で42kmを歩き通してしまった。集落に下りてからコースを外したためのロス20~30分を考えれば、実質的にこれまでの自己記録より速いではないか。
なまったと言っても、ハイキング程度のアップダウンと荷重では表面化しないらしい。
登山用の筋力は実際の登山で作るしかないか。
【追記】
帰宅してからたっぷりの水分と夕食を摂ったが、風呂上がりに体重計に乗ったら2kgくらい減っていた。ハイキングコースでもやっぱりハードなんだねー。
2010/5/22(土) 「死の銀嶺」 ― 2010年05月22日 00:00
在庫処分で安売りしていたDVD「死の銀嶺」(⇒ IVC/死の銀嶺)を観る。
惹句に曰く「山岳映画を開拓したドイツの巨匠、アーノルド・ファンク監督のベスト作。この映画の大ヒットは昭和5年の日本に雪山、スキー・ブームを巻き起こした。そそり立つ氷の岩肌、雪崩と極寒の雪山の絶景、その圧倒的な迫力は山岳映画の醍醐味である」。
・・・と言ったってねぇ、1929年、80年も前のサイレント映画(DVDは98年の復刻版で全編に音楽が入っている)だし、980円なら古典として観ておいてもいいかな、というつもりで買ったもの。
いや、これが意外に面白い。実際の高所で撮影したフィルムと安全な地点でのロケ、セット撮りとを組み合わせているのだろうが、繋ぎが巧みで緊迫感がある。オーケストラ演奏もマッチして心理描写を盛り上げている。
後に「民族の祭典」などナチのプロパガンダ映画を撮るレニ・リーフェンシュタールが主演。美人だ。
ドイツ山岳映画の最新版「アイガー北壁」(⇒ キネマ旬報WEB)も観に行かないと。
山の映画を観た後、山の身体を取り戻すべく久々のジョギングに出たら・・・
か、身体が重い、呼吸が乱れる。
いつものコース8kmを走りきったものの、こりゃいかんわ。夏山縦走までに取り戻さないとバテてしまいそうだ。
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