2008/12/28(日)~2009/1/1(木) 甲斐駒ヶ岳~鳳凰三山2008年12月28日 00:00

無名山塾の自主山行。S木・Y氏企画に自分とT口・H氏、K田・K氏(女性)が加わって4人パーティ。
黒戸尾根から甲斐駒に上がり、早川尾根経由で鳳凰三山に接続、夜叉神峠に下りるという長大なルートで、9月に歩いた行程(⇒ 9/20~9/21 甲斐駒ヶ岳)を延ばすことになる(S木氏は全体を辿っている)。計画上、元旦は予備日だが、ゆっくり着実に歩くK田氏の参加で下山は年明けになることが出発前にほぼ確定。
結果的には想定と違う箇所がハイライトだったり、それが予想よりも厳しかったり、ちょっとしたトラブルがあったりしたが、天候と踏み跡に恵まれて長い距離を歩き、満足だった。
下山しても手指の先が痺れており、軽い凍傷になった模様。

■12/28(日)
韮崎駅に集合、タクシーで竹宇駒ヶ岳神社へ。晴れているが車中から望む鳳凰三山を掠める雲が速い。駐車場には思いの外多くの車が停まっていて、運転手さんも驚いていた。
10時に歩き始め。気温6℃、足元には乾いた落ち葉が積もっている。標高1400m付近から凍結箇所が現れ、横手駒ヶ岳神社からの合流点を過ぎたところでアイゼンを装着、1600mを越えると氷が途切れなくなった。1900m付近から雪となるが靴が潜るほどではなく踏み跡もある。エアリア(昭文社の山と高原地図)で「ヤセ尾根」危険マークの刃渡りも、風は強いものの足の置き場所がしっかりしているので問題なく通過できた。
刃渡り
ハシゴを何回か上がって、社殿のある刀利天狗(2049m)に15時。
刀利天狗
その後は風に唸る樹林帯を順調に進み、15:50に五合目小屋跡に到着。すでに5~6張のテントがあるので、空きを探してこちらも設営する。他のテントは黄蓮谷などを登る人達らしく、すっかり暗くなってから「厳しかった~」と帰ってくる声が聞こえたりした。
21:30就寝。夜中、テントを鳴らす強風。

■12/29(月)
4時起床、5:50出発。晴れ。-4℃だが風が収まって寒さは感じない。
五合目の鞍部からはハシゴが連続し、特に屏風岩は垂直に近いハシゴとクサリとなる。ここに雪が着いたらどうなるか・・・と9月に歩いた時に思ったのだが、ハシゴもクサリも岩場に切られたステップも十分に出ていて、特に困難はなかった。
黒戸尾根のハシゴなど
7時、七丈小屋で休憩。水場(小屋前の流し)は雪に覆われて使用不能。トイレはペーパーまで備えられて快適に使えたが、さすがに水は流れない(使用料200円)。
小屋を過ぎると無雪期ならば岩を乗り越える箇所が出てくるのだが、その程度の凹凸は埋まっていて歩きやすい。八合目への急登で視界が開けると、八ヶ岳が朝の光を受けて険しさを際だたせていた。
八ヶ岳
黒戸尾根登り
8:40に八合目御来迎場。その先、計画時にテント場と目していた平坦地を過ぎるとクサリの付いた岩場が出てくる。大きなザックを担いでいると身体を振られそうだ。まず自分が上がり、続くK田氏はザックを下ろして上がってきた。自分がスリングを手渡し、前後で協力して荷物を揚げる。その後も岩場が続いて暑くなってきたので、足元の落ち着いた場所で皆、防寒具を脱いだ。自分は少しだけ先行し、他のパーティがいないのを見計らってタイツまで。山上ストリップだ(笑)。
黒戸尾根登り
そんなこんなで多少時間を要して、10時に2840mの平坦地で休憩。暖かく景色もよくて気分がいい。しかしこの先の垂直のクサリ場が今回の最難所だろう・・・と思っていたのだが、歩き出して40分ほどで、そのまま甲斐駒ヶ岳山頂(2967m)に到着してしまった。雪があるとクサリ場を巻いてしまうらしい。ちょっと拍子抜け。
黒戸尾根登り
甲斐駒ヶ岳登頂
山頂からは360度の大展望。これから向かう鳳凰三山・地蔵岳のオベリスクに富士山が重なり、隣の小仙丈から仙丈ヶ岳、ピラミッド型の北岳が大きい。遠くの白い衝立は中ア~北ア、八ヶ岳の遙か奥は日光か。
甲斐駒から見た富士山

甲斐駒から見た北岳~仙丈ヶ岳
甲斐駒から見た北岳~仙丈ヶ岳(山名)

甲斐駒から見た中央アルプス
甲斐駒から見た中央アルプス(山名)
30分ほど山座同定を楽しんでから下りにかかる。9月と同じくエアリアの実線ルートで山頂の南斜面を巻くつもりで歩き出すと、距離の開いたK田氏から「摩利支天に行くの?」と声が掛かった。「摩利支天への分岐には入らない」と答えてS木氏と二人で進むが、K田氏、T口氏は何かためらっているようだ。そのうちに離れて互いの姿が見えなくなってしまった。
そのままザレた斜面を目印を拾って進むと、雪の着いた斜面に出た。状態によっては滑落や雪崩、落石が怖いが、今は雪も硬く落ち着いているし、薄いながら足跡もある。危険はないと判断して、一人ずつアイゼンのエッジを効かせ、また斜面に正対してトラバースし、道標やペンキ印に向かった。そうやって山頂から岩稜を直下降するルート(エアリアでは破線)との合流点を目指して進むと、今まで辿ってきた足跡が消えてラッセルになってしまった。夏道に乗っているはずだが雪の下である。直下降ルートの方が楽だったか、つまらない時間と体力を使ってしまったと思いながら雪を掻き分けていると、そちらのルートを下りてくる二人組が見えた。K田氏、T口氏はいったん山頂に戻って岩稜を来たようだ。直下降ルートとの合流点に上がる部分は斜度がきつく、S木氏は雪が緩んで落ちた分、苦労していた。ようやく踏み跡の確実なルートに復帰した時には先ほど見えた人影なし。二人はこちらが先行したと思っているのかもしれない。
S木氏と二人で駒津峰を越え、13:50に仙水峠へと下るが、K田氏、T口氏の姿はなかった。そこのテントにいた人や峠に下りてきた人に訊いてみると、自分らが見た二人組は別人で、K田氏、T口氏はこちらに続いて山頂を巻くルートに入ったらしい。そこで先にテントを張って待つことにするが、二人はなかなか現れない。心配になって来た道を上り返し始めたところ、16時頃にようやく下りてきた。K田氏によると、雪のある時期は巻き(エアリア実線)ルートは使われず、岩稜(破線)ルートの登下降が一般的とのこと。自分とS木氏は9月に下見していることもあり、実線ルートを下ることしか考えていなかった。
この件での反省点は、
 ・事前にメンバ間でルートの確認をしていなかった
 ・互いの連絡が付かないほどパーティが伸びてしまった
の2点。実線ルートを使ったのは一般的でないとは言え、安全性を確認して通過しているのだから問題ないだろう。ただし、事前調査不足という点は否めない。

21時就寝。夜中またしても強風。ここでは主に上空を吹いて行くが、時々テントを揺らす。

■12/30(火)
4時起床、5:50出発。晴れ。-6℃。
仙水峠から鳳凰方面に向かう人は少ないのでラッセルになるかもしれない。K田氏に合わせると全体の行程が伸びないので、今日はS木氏と自分が先行して早川尾根小屋で待ち、その時の状況でどこまで進むか決定しようと打合せしてある。
栗沢山(栗沢ノ頭)へは峠の道標から踏み跡が付いているが、S木氏の事前調査によるとそれは写真撮影に好適な地点へ向かうもので、頂上へは少し仙水小屋に寄った処から入る方が良いと言う。しかし、見当をつけて踏み込んだ箇所は足元がガラガラとした岩で歩きづらく、すぐに踏み跡に合流。結果的に踏み跡はずっとルート上にあり、これを辿っていくことになった。
樹林から出るとよろけるような強風。日の出を控えた地蔵岳・オベリスクから目を転じて甲斐駒を振り返ると、朝日で陰影が強調されて大地から力強くねじり上がるような迫力がある。惚れた。
夜明けの地蔵岳・オベリスク
夜明けの甲斐駒ヶ岳
7時半に栗沢山(2714m)。気温-10℃。風が強くて落ち着いていられない。写真だけ撮って先へ進み、少し下った岩陰で小休止。
栗沢山
アサヨ峰までも強風で頬が痛い。ラッセルになるほどの積雪はなく足跡も続いている。雪のあるだけ夏より越しやすくなった岩場がある一方、踏むと崩れてくる雪壁では足場を作るのにちょっと手間取った。時々後方を確認するが、K田氏、T口氏とかなり距離が開いて視認困難となってきた。
9:05にアサヨ峰(2799.1m)。展望は良いが相変わらずの風で、ここも落ち着けない。
9時半、アサヨ峰の次の小ピークに掛かる前に休憩。朝食残りのアルファ米をお茶漬けにする。S木氏は食器を使ったが、こちらは袋にお湯を注いで直食い。風は幾分穏やかになったが、お茶漬けがどんどん冷める。間近に見える北岳が美しい。
その後は多少のアップダウンを越えてひたすら歩く。すれ違った夫婦らしい二人連れは冬期開放の早川尾根小屋に泊まったそうだ。小屋から鳳凰方面に向かった人もいると言う。これは踏み跡が期待できるか、しかし、今晩雪が降ると消えてしまうな。
樹林帯に入る頃に少し雲が出てきた。太陽を隠した白い雲が虹色に光っている。踏み跡を辿るにしても雪が重くて草臥(くたび)れた。12:10に早川尾根小屋に到着。
歩きながら、小屋で水を作ってお茶を飲んで待とうと話していたのだが、小屋前で水用の雪を取ったところで二人ともガスヘッドを持っていないことに気がついた。共同装備としてK田氏、T口氏の分担なのである。しかたなく、小屋前で日向ぼっこをしたり、寒くなると小屋に入って風を避けたりして過ごす。小屋内に缶ビールのケースが置いてあり、お金を置いて飲もうかなどと冗談半分に言うが、さすがに手が出なかった。
2時間差でT口氏、K田氏が到着。これから天候が崩れるかもしれないのでトレースのあるうちに少しでも進んでおこうと、広河原峠まで行くことにする。今度はT口氏のヘッドを借り、再びS木氏と先行。が、峠まではほんの30分、14:50に着いてテントを設営しているうちに全員が揃った。

20時の就寝時には小雪か氷か、白いものが舞っていた。夜中に時々突風が吹く。ゴーっという音が近づいてきてひとしきりテントを揺すり、少し置いてから遠くの木々を鳴らして行く。天狗が渡るというのはこんな感じかと思う。

■12/31(水)
3:30起床、6時に出発。晴れ、-16℃。ヘッドランプの光の中を氷(ダイヤモンドダスト?)が飛ぶ。
白鳳峠に7:25。ここには二人連れのテントがあった。早川尾根小屋からこちらに向かったという人だろう。ここから先は踏み跡が薄い。
高嶺に向かう幅の広い尾根では足跡が途切れ、頬がバリバリと凍りそうな烈風の中、方角を見定めながら進む。
高嶺手前のヤセ尾根も強風で緊張。それでも踏み跡があったので精神的にはずいぶん助かった。細い尾根をまっさらな雪を一歩一歩探りながら進むことになったら泣きが入るところだ。雪壁の直登や、手がかじかんで痛い状態で岩を掴む箇所もあり、今回の全行程中でここが一番辛かった。
9:20、高嶺(2778.8m)を越えた岩陰で一休み。T口氏「あはは・・・これは笑うしかないだろう」。同感である。
その後は緊張する箇所はなかったが、一部で道を外して樹に引っ掛かるような足跡を付けてしまった。
赤抜沢ノ頭に11時。遅れたK田氏を待つうちに白鳳峠の二人が追いついてきて「凄い突破力ですね」と感心してくれる。話を聞くと、昨日テントを張った時点では高嶺にそれほど雪はなかったものが今朝はすっかり白くなっていて行けないかと思ったそうである。いやいや、ここまで来られたのは薄いながらも踏み跡のあったおかげだし、昨日はあなた方のトレースに助けられました。
赤抜沢ノ頭
鳳凰三山の縦走路に入ればルートの心配はない・・・と思うと観音岳手前の北側斜面でどういう訳かトレースが途切れてラッセルになったが、それも短距離のことで観音岳に13時、薬師岳に13:40。富士山がきれいに見える。
観音岳から見た富士山
薬師岳小屋で暖かいものを飲んで休憩し、南御室小屋に15:10。もし南御室まで到達できなければ薬師岳小屋の先のやや平坦な地点も考えていたのだが、樹林でテントを張る余地はなかった。そもそもキャンプ地ではないし、小屋間の距離もたいしたことはないから、薬師岳小屋を過ぎたら南御室まで進むしかない。
テントを設営している間に、S木氏は明日の予備日を使うことを無名山塾に連絡。小屋から夜叉神峠方面に少し行くと携帯電話の通じる場所がある。

明日は夜叉神峠に下りるだけ。小屋でビール、ワインを買った上に残っていた酒とツマミを消費し尽くして、20:30就寝。

■1/1(木)
5:00起床。昨晩と今朝は自分が食事当番なのだが、もともと元旦は予備日なので朝食も簡単にチキンラーメン。せめてフリーズドライのお汁粉と餅でも用意すればお正月らしかったか。テントの中にいるうちに夜が明けた。御来光を拝もうという気もないグータラぶり。
7:10出発。晴れ。-18℃は今回確認したうちでは一番寒い。杖立峠を過ぎてアイゼンを外し、10時半に夜叉神峠小屋。気温は20℃も上がって+3℃ある。
小屋から先はスノーハイキングといった風情の人達と行き会うことが多くなり、11時半に登山口。ずいぶん多くの車が駐車している。ここの食堂・土産物店は営業していたが、冬期は風呂はやっていないとのこと。

タクシーを呼んで入浴したいと言うと、塩崎駅近くの「湧暇季(ゆうかり)の里 樹園」に連れて行ってくれた。食事も宿泊もできるのでコースと日程によっては前泊に使えるかも。

5日間連続晴天という滅多にない幸運に恵まれ、トレースもほぼルート全体に付いていて、事前の覚悟よりも楽だった。それでも厳しいところ、考えるところと色々あり、何より長く歩けていい山行だった。

■今回のルート
 12/28~12/29:黒戸尾根~仙水峠
甲斐駒ヶ岳~鳳凰三山ルート(1)

 12/30~12/31:仙水峠~南御室小屋
甲斐駒ヶ岳~鳳凰三山ルート(2)

 1/1:南御室小屋~夜叉神峠登山口
甲斐駒ヶ岳~鳳凰三山ルート(3)

※参考までに計画時の行程は以下の通り。足の揃ったパーティで条件がよければ行けるかも、というところ。一日の行動時間が長くてかなりハードだ。
12/28(日) 竹宇駒ヶ岳神社~黒戸尾根~七丈小屋~八合目(テント泊)
12/29(月) テント場~甲斐駒ヶ岳~仙水峠~栗沢山~アサヨ峰~早川尾根小屋(テント泊)
12/30(火) テント場~赤抜沢ノ頭~観音岳~薬師岳~南御室小屋(テント泊)
12/31(水) テント場~苺平~杖立峠~夜叉神峠小屋~夜叉神峠登山口
1/ 1 (木) 予備日

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