2025/11/13(木)~11/14(金) 信州峠~小川山~瑞牆山2025年11月13日 00:00

T中・H氏と無名山塾の自主山行。
信州峠から小川山、瑞牆山へと長野-山梨県境を辿るルートはヤマレコから見つけて、以前からマークしていた。ただし早朝発日帰りのヤマレコに対して、今回は山中一泊、後半は瑞牆山荘を経由せず信州峠に近い北寄りの黒森コースで計画。紅葉目当ての気楽な山行のつもりだったが、ヤマレコから予想したよりも困難な箇所があり、大いに堪能できた。

■11/13(木)
T中氏のクルマで信州峠(1470m)へ。駐車スペースに停めてある3台は、峠の西の横尾山への登山者だろうか。10:45に歩き始め。明るい曇り。
小川山方向への目印は無いが、県境標識の位置から笹の急斜面についた踏み分けを登ると、皆が手を掛けるのか手前に傾いている「信州峠」の碑があった。
信州峠
落葉を敷き詰めた樹林帯に、なるべく県境の標石(山梨でよく見る「恩」)を追う。おおよそ踏み跡はあるが、倒木で一時見失うこともあり。
信州峠から県境を辿る
足元に岩の出てきた斜面の先が、昭文社山と高原地図(手持ちは「金峰山・甲武信」2022年版。以下「地図」と表記)にある「石ッコツ」(1640m)。面白い地名だが、現地を見るとなるほどという印象だ。
石ッコツ
ピークから続く岩を乗り越えていったら、方向違いで北尾根に入り込んでしまった。引き返して南東向きの笹尾根に乗り、1605mから東へ。広い斜面に明瞭な目印はなく、適当に下りる。北の高登谷山(たかとやさん)登山口方向への道を跨いで登りにかかると、笹原に立つ木の根方に古いドラム缶罠が転がっていた。
1657.7m三角点を過ぎた1730m小ピークが「フシノソリ」のようだ。ここには地形図に無い三角点標石あり。樹幹に「山梨県境一周記念 1968年」のプレートが付いているが、57年前のものとはやや信じがたい。
フシノソリ
送電鉄塔を通過し、林道末端の鞍部「萱ダワ」(1700m)に14時。ここから登っていく道形も見えるが、コンパスと赤テープ、大岩にスプレーされた何かの数字に導かれて尾根を辿る。
萱ダワ
萱ダワの数字岩
すると、シャクナゲが出てきて尾根も狭まってきた。シャクナゲを押し分け、行く手を阻む岩は乗り越えるのか巻くのか、人の通った跡を探しながら進む。
藪岩
藪岩
上掲のヤマレコ記録にはこの辺で「岩場を迂回する時に沢の近くを通る」とあり、自分はそこで水を取るつもりでいた。ところが悪戦苦闘しつつ高度を上げていくと、水の気配の無いまま1915mに登りついてしまった。萱ダワから1時間を要して既に15時過ぎだ。手持ちの水は残り700mlほどと乏しいが、今日はそれほど汗をかいていないし、炊事で節約すれば明日も渇き死にすることはあるまい。T中氏は水に余裕を見て持ってきたと言うので、いよいよの時は分けてもらおう。
1915mの先にもまだシャクナゲ帯があり、なかなか楽をさせてくれない。踏み跡に引き込まれて県境尾根を外しかけたりもして、16:20に松ネッコ(2110m)に到着した。
松ネッコ
松ネッコから南東に下った緩斜面に泊まれる見込みで来たのだが、薄暗くなる中、樹林の間にこれといったスペースは見当たらない。踏み跡が多少広くなっている箇所を見繕い、各々のソロテントを少し離れて設営した。テントに入ってみるとやはり床が斜めだが、一晩であればなんとか過ごせる。アルコールは体内での分解に水を消費するので摂取を控えめにして、テント壁側にずり落ちながら就寝。

■11/14(金)
今日はまず松ネッコに戻り、その北の「大双里」を踏んでおく。ザックを担いで5:45に出発。松ネッコからテントまでの短い区間さえ明瞭とは言い難く、荷物をデポしたら見失いかねない。
松ネッコにザックを置いて2102.4m三角点(基準点名は「白床」)まで往復する途中で東の空が明るくなった。今日はまったくの上天気。三角点標石は自然石か石碑か判然としない石と並んでいる。
大双里
6:20、松ネッコからあらためて出発。まだ藪もあるが、昨日に比べれば楽なものだ。
まだ藪
小川山に近づくと、風化作用が削り残したような大岩の堆積が現れる。
小川山手前の大岩
最後の登りでまたシャクナゲに突っ込み、8時半、小川山(2418.4m)に登頂した。
小川山
小川山から県境線を辿って南下する道は地図の破線ルートであるが、指導標に乏しいだけで十分に歩きやすい。瑞牆山東尾根と接続する箇所を見逃さないよう注意していたが、まだ新しい「みずがき山へ」の木札が付いていた。古い「至ル小川山 至ル大日岩」の札も地面に置かれている。
瑞牆山東尾根への接続
瑞牆山東尾根には踏み跡と要所に赤テープが付いているが、一部不明瞭で、ルートを探す場面もあった。地形図で2213mを過ぎた岩崖マーク付近にはダイダラボッチの達磨落しかと思うような大岩。ロープが掛かっていてこれを登るのか?と近づいてみると林業用ワイアの残骸だった。岩を巻いていく足元にも岩の隙間の深い穴があり要注意。
ダイダラボッチの達磨落し?
落し穴?
鞍部を過ぎた次の岩崖マークは北側をトラバースして通過する。が、左手へ少し登るように付いた赤テープがあり、そちらに行ってみると樹林から出て南側の展望が開けた。
岩崖マークの展望地から
岩崖マークの展望地から
岩崖マークの展望地から
トラバースルートに戻ってさらに奇岩を見ながら進むと、熊鈴が聞こえて一般ルートに合流した。こちらには不用意に東尾根に入り込まないようロープが張られているが、入口と同じ人の手になるのであろう「小川山へ」の木札あり。
瑞牆山東尾根の出口
巨岩に掛かったハシゴを登り、11:15、瑞牆山(2230m)に登頂。この山頂は21年ぶり、3回目となる(⇒ 2004/3/20~21記事、その前は2001/11/18)。岩の上に立ち、しばし大絶景を楽しんだ。
瑞牆山頂からの眺望
      ↑間ノ岳、北岳~仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、鋸岳
瑞牆山頂からの眺望
      ↑鋸岳の右奥に中央アルプス(南駒ヶ岳~木曾駒ヶ岳、将棊頭山)
瑞牆山頂からの眺望
瑞牆山頂からの眺望(山名)
      ↑八ヶ岳。眼下中央辺りの信州峠から右に回り込んで歩いてきた。
瑞牆山頂からの眺望
      ↑眼下の紅葉
下山は黒森コースを取る。夫婦岩を過ぎた次の垂直の岩場にはクライマーが一組取り付いていた。不動滝では休憩していた単独男性が野点のお茶を御馳走してくれた。
不動滝
林道終点は広くなっており、駐車車両もあった。林道を進むと、道脇の古ぼけた道標にある「芝生公園」はみずがき山自然公園のことらしい。林道終点から30分程で分岐する松平林道はやがて未舗装になるものの特段に荒れている訳ではなく、信州峠へのルートとして地図に載せても良いと思う。
松平林道
15時半、信州峠に帰着。瑞牆山からの下山行程が存外に長かった。水は不足する前にT中氏が少し分けてくれて好きなだけ飲んだが、終わってみると、自前分でほぼ間に合った。
横川SAで食事して帰宅。

■今回のルート
信州峠~小川山~瑞牆山ルート

2025/11/9(日) 日光白根山(敗退)2025年11月09日 00:00

自分が担当の八ッ峰クラブ山行。丸沼高原からロープウェイを利用、南側から白根山へ登り、座禅山下から西へ向かってロープウェイ駅に戻る計画。I田・T氏、A石・S氏、A井・T氏、T橋・Y氏に、ゲストT橋・T氏が参加して、6名パーティとなった。
前日までの好天は持続せず、当日は雨予報。ヤマテンでは一時雪マークも付いている。ライブカメラで見ると、先週既に降雪を見た山頂付近も、昨日までに雪はほぼ消えたようだが・・・ 登頂できるか途中撤退かは天候と積雪次第で現地判断として、貸切りワゴン車(7000円/人)で出掛けた。なお、ゲストT橋氏からは前日のうちに「雨なら下で待つ」との連絡あり。

9時前に丸沼高原に到着。予報通りの小雨で肌寒く、観光客もほとんどいない。ゲストT橋氏は予告通りここで待つと言うので、本人の意思に任せる。
本日が営業最終日の日光白根山ロープウェイ(往復2500円/人)で山麓の標高1400mから一気に2000mの山頂駅へ。ここで雨具を着けた。山頂はガスに隠れて見えないが、白根山は思った以上に白くなっている。
白根山
事前に「持っている人は軽アイゼンまたはチェーンスパイクを持参」と指示しておいた。どちらも持っていないT橋氏は最初、山頂駅で待っていると言っていたが、山を前にすると行けるところまではと気持ちが動いたようだ。
レストランの前を通りかかると、通路に出ていた従業員が「山頂から北は凍っていて滑るので行かない方が良い」と注意してくれた。ここから眺める山頂部の様子からも、北側へ下りる計画は取り止めるべきだろう。現地の案内図(下の地図は丸沼高原HPより)に従えば、「史跡散策コース」から「白根山ルート」へ入って往復することになる。もっとも、今回は山頂まで行けるかどうか分からない。
魚沼高原地図
コース入口の二荒山神社は、拝殿に貼ってあるQRコードでお賽銭をpaypay払いできるようだ。山行の無事をお願いし、9時半に出発。
二荒山神社
雨はさほど気にならず、気温は10℃を下回る程度だが、「史跡散策コース」の足元が次第に白くなってきた。先行する登山靴の跡がある。
史跡散策コース
大日如来を過ぎて七色平への分岐(2110m)に10:10。ここから「白根山ルート」で、山腹をじりじりと登っていく登山道となる。
大日如来
幸い雨はほとんど止んだが、火山らしく道に岩が増えてくると、靴がややスリップする感じも出てきた。
白根山ルートを登る
10時半、地形図で西に向かっている長い凹地の頭の箇所に「地獄ナギ」の指導標あり(「ナギ」とは頻繁な山崩れなどで土壌が露出した崩壊地のこと)。「大日如来」の次が「地獄」とは。地図を見れば周辺は「賽の磧(かわら)」「血の池地獄」「座禅山」「弥陀ヶ池」と地獄極楽オンパレードだ。「七色平」も極楽浄土のイメージだとか。
11時過ぎ、A石氏とT橋氏が「ここまでにして先に下りる」と言うので、二人でも特に危険はないと判断して許可。後はI田氏、A井氏との3人となった。そこからもう少し進めば展望が得られるのでは・・・と、やや平坦な道とちょっとした登りとを繰り返す。が、景色は代わり映えせず、2330m付近の安全な箇所で打切りとした。時刻は11:50、計画では12時過ぎに登頂予定だったので、時間的にも頃合いだ。気温は3℃まで下がり、薄い手袋では指がかじかむ。
残念ながら木間越しの山頂方向はガスで何も見えないが、ともかく記念撮影。
2330m付近で打切り
ここまでノーアイゼンで来たが、下りでのスリップ防止に、自分はチェーンスパイク、他二人は軽アイゼンをそれぞれ装着。A井氏のプラスチックベルトが片方切れるというトラブルがあったが、このルートならば片足でも十分効果はある。来た道を戻り、高度を下げるうちにまた降り出した。
14時に山頂駅に戻ると、先に下りた二人がレストランで待っていた。皆、山麓駅での入浴は不要と言うので、こちらも暖かい蕎麦など食べる。

5人揃ってロープウェイで下山。行動中はまったく人に会わなかったが、ロープウェイ係員の話では我々含め3組の登山者がいたとのこと。先行者は山頂を越えたのだろうか。
ゲストT橋氏と合流し、屋根の下で駐車場向こうの紅葉をバックに全員の集合写真を撮って、山行を無事に終了した。

■今回のルート
日光白根山ルート

2025/10/29(水) 成木尾根・小沢峠~安楽寺2025年10月29日 00:00

3月に棒ノ嶺から大仁田山まで辿った(⇒ 2025/3/21記事)のに続き、埼玉県境完結編として小沢(こさわ)峠から成木(なりき)尾根末端の安楽寺まで歩こう。今日は天気も好い。

東飯能からバスで久林(くばやし)まで行き、8:15に歩き始め。青梅に抜ける県道53号の小坂トンネル左側に南高麗まちづくり推進委員会による「成木尾根/小坂峠」の指導標がある。谷地形を上り、前回通過した小坂峠に8:55。足元の「Fun Trails(R)」のルート標識には「 までに回収・撤去いたします」とあるが、その期限は未記入なのか薄れてしまったのか。帰宅後にネット検索してみると11/15~16のトレランレースらしい(⇒ ファントレイルズ【公式】)。
小沢峠
前回と同じ道で493m手前の林道と絡む箇所の指導標には「成木尾根.安楽寺/採石場(迷)注意」とある。前回は採石場まで行かずに下山した訳だが、今回はどうなるか。
採石場(迷)注意
その先で直進する尾根の左を指導標が指しているのを、高い部分を巻いてすぐに合流するのだろうと敢えて直進したのはハズレ。都県境から分岐する尾根だったので戻る。
久方(くがた)峠、雲ノ峰(500m)と進む。青梅側から合流する道が地形図に記された付近の「熊出没注意!!」の掲示は平成22年8月の目撃事例によるものだが、今年は人里での(それどころか街中でも)熊目撃・人身被害がとりわけ多い。盛大に熊鈴を鳴らして行こう。
大峰山(505m)を踏み、大仁田山への分岐に10時。ここからが今回伸ばすルートだが、新旧の指導標どちらにも「安楽寺」とあるので、素直に従う。
大仁田山への分岐
分岐からすぐの504m小ピークが丸屋の頂き。南高麗まちづくり推進委員会の手になる御影石の碑に「南高麗最高地点」とある。
丸屋の頂き
送電鉄塔を潜った先の分岐(スマホGPSによると地形図で都県境を横切っている徒歩道よりも手前)の指導標は「成木尾根/細田・黒指」「高土戸」となっている。細田・黒指(くろざす)は飯能側、高土戸(たかっと)は(帰宅後に調べるまで判らなかったが)青梅側で、安楽寺はどうした?と思いながら、「成木尾根」方向へ下りる。と、今度は指導標から安楽寺が消されているではないか。
安楽寺が消えた指導標
いよいよ「採石場(迷)」が近いのかと消されていた方向に薄い踏み跡を辿ると、やがて先人がずり落ちながらトラバースした跡が残るのみの斜面に。明瞭な尾根に入ると方角が違っていたりもし、コンパスを確認して高い処に上がると、ふたたび道に出られた。指導標から抹消されたのはこの有様故かと思ったが、指導標の示す「細田の谷」の方へもっと進んでいれば、そのまま道が繋がっていたのかもしれない。ともかく都県境の尾根道に乗ると、古い「安楽寺」道標も復活した。
復活の安楽寺
すぐに「事業区域/奥多摩工業(株)」の看板が現れていよいよ採石場かと思うが、まだしばらくは易しいハイキングコース。梅をデザインした青梅市の境界標(?)もある。
事業区域のハイキングコース
地形図で南へ下りる道が直下まで来ている鞍部には「成木6丁目」の指導標とともに馬頭観世音の碑があり、昔は細田と繋ぐ峠だったのかもしれない。堂所(どうどころ、位置は下の拡大地図参照)の指導標には「安楽寺/直竹」と「黒指バス停」が付いている。当然ながら安楽寺の方に下ると、今度こそ採石場が見えた(11:15)。
堂所
しかし安楽寺への道は採石場を掠める方向のようで、悪くすると都県境に復帰せず、南側の333m付近から345mを経て東へ下りる徒歩道に出てしまうのではないか? 都県境は「黒指バス停」の指導標が指す方だ。今回の目的は県境なので、引き返して尾根に登り返す(11:15)。
349m小ピークの手前まで「黒指バス停」指導標を確認できた。349mからよく踏まれた尾根を下りかけると、これは都県境と方角が違う。地形図を確認すると、都県境はいったん谷に下りてから尾根を横切り、その隣の尾根を上がって行くのか。しかし、349mピークから谷に下りる道はなく、草の間にわずかに踏み分けのように見えなくもない線があるのみ。それを追ってみるとまた方角がずれた。
349mピークからの下り
高い処まで戻って一本取りつつ、あらためてコンパスを振って急斜面を下りる。万一この先で行き詰っても、足で下りた斜面は登り返せるはずだ。下り切ってみると、沢に沿って草生(くさむ)した作業道があった。
草生す作業道
沢の向こうの尾根はやはり急斜面。場所を選べば登れなくもなさそうだが、その先の状況も判らないし、単独の身で万一怪我でもしたら即遭難となりかねない。今回はここまでとして、次の機会に安楽寺側から辿ってみるか。
この道は地形図の徒歩道に繋がって間野の集落に出るのだろうと考えて進むと、すぐに廃屋があって、なんと「安楽寺/直竹」の指導標が現れた。「大仁田山/小沢峠」も付いているが、先ほど349mから下りかけた尾根へ上がるのか? 「間野バス停」とあるのを見ると、これまでの「黒指バス停」指導標も「間野」の誤りではなかろうか(黒指バス停は大仁田山の北北西、県道70号上で方角が違う上にずいぶん遠い)。それはともかく、こうなると安楽寺まで行かない訳にはいかない。現在12時半で時間的余裕はあるが、県境へのこだわりは捨てて、ここからは指導標に従うことにする。
安楽寺へ/廃車
谷地形を登って尾根に入ると、また「大仁田山/小沢峠」の指導標があった(12:43)。帰宅後にGPSトラックを確認すると333m地点東の徒歩道で、やはりハイキングコースは堂所から採石場を掠めてここに繋がっていた。その先で道を塞ぐ倒木を迂回すると、実は倒木ではなく、新しく切り開いた作業道(おそらく採石場に至る)の木が伐採されていたのだった。
新しい作業道
また登山道に入って進むと、都県境尾根に復帰した。帰宅後に見つけたYAMAP記事(⇒ 【祝全通】成木尾根ハイキングコース2024)と自分のルートを比較すると、下の地図のような具合。安楽寺へのコースを素直に辿っていれば楽だったろうが、苦労した分、県境をほぼトレースできたと言ってよかろう。もっとも堂所から333m地点東までYAMAP記事で1時間15分なのに対して自分は1時間半だから、ハイキングコースにも難しさはあるのかもしれない。
採石場付近拡大地図
あとは尾根末端に向けてただ歩くのみ。ゴルフ客を横目にし、大多摩霊園脇の合戦坂を下り、安楽寺の敷地に出た。静かな本殿に手を合わせて13:55。久林バス停から5時間40分の行程だった。

最寄りの停留所(成木一丁目四ツ角)から東飯能に戻るバスは1時間以上先。待っているのも馬鹿馬鹿しいので歩くことにして、駅まで1時間20分。スマホの計測によると本日の歩行36,553歩。

■今回のルート(安楽寺まで)
小沢峠~安楽寺ルート

2025/9/30(火)~10/4(土) 信越トレイル(セクション1~7)2025年09月30日 00:00

T中・H氏と無名山塾の自主山行。と言っても山行として特筆すべきことはなく、あくまでもロングトレイルなのだった。
全長110kmの信越トレイルはセクション1~10から成り、全体を歩き通すのを「スルーハイク」、いくつかのセクションに限るのを「セクションハイク」と呼ぶ。今回はセクション1の斑尾山から7の森宮野原駅まで。最初にT中氏が3泊の行程を考えたが、行動時間が13時間(昭文社山と高原地図「妙高・戸隠・雨飾」2023年版=以下「地図」と記載=のコースタイム)に及ぶ日があるのは厳しいかと4泊に緩めた。テントは各々とするが、テントサイトはT中氏がまとめて事前に予約・決済し、4箇所合計で一人6500円。
信越トレイルホームページ

■9/30(火)
新幹線で長野へ、しなの鉄道に乗り換えて黒姫まで。財布を忘れたT中氏に、テント料金の精算と合わせて現金1万円を渡す。予約のタクシーに荒瀬原の斑尾山登山道入口までと言うと、バス通りから少し入った寺院(即心院)前で停めてくれた(3000円)。
即心院(標高710m)の薬師如来にお参りし、10時半に出発。晴れ。農道を遮る電気柵はフックを外して通過できる。草地の道から間もなく樹林に入り、林道を横切ってひと登りすると、尾根に乗る地点に「釜石山 1020」の指導標があった(地図では「釜石山分岐」で、釜石山は西側の1100mとなっている)。斑尾山へ向けて尾根を行くと、1192mの手前に「蟻のと渡り」とあるが、歩きやすい道で特段痩せている訳でもない。
蟻のと渡り
大明神岳(1160m、12時半)からは眺めが良い。野尻湖の向こう、雲を被っているが黒姫山(2053m)、右に妙高山(2448.7m)、左に飯縄山(1917.2m)。
大明神岳より
十二薬師(地図では「十三薬師」)を拝むと、1381.4m一等三角点のある斑尾山山頂だ(12:45)。山頂道標に「信越トレイル①-1」とあり、トレイルはここからスタートとなる。
十二薬師の祠は即心院の奥の院であり、また、即心院の南西には薬師岳(819m。上の写真左端の中景)もあって、一帯に薬師信仰の匂いが濃い(一方、歩き終えて振り返ると、今回のルート中に祠や石仏等はほとんど見られなかった)。
 ⇒ 斑尾高原観光協会/民話「斑尾山の十二薬師」
十二薬師
斑尾山
三角点から進んだ北山頂には野尻湖方面の山々を示した看板が立てかけてあったが、木々に遮られて実際の眺望は無し。ここから長野-新潟の県境を万坂(まんざか)峠へ向かう。リフト終端付近で木立の陰から人声が聞こえたように思ったが姿は見えず。下りにかかると行く手が見渡せた。あの水面が沼ノ池なら、今日の泊り場所・赤池テントサイトはその左の丘に隠れた辺りか。
行く手の眺め
行く手の眺め(山名)
スキーコースを下りて、車道を横切る万坂峠に13:50。道端の標識がどちらを指すのか不明瞭だが、トレイルは道路を少し新潟側に上った箇所に続く。
万坂峠
袴岳への分岐近く、地図では道の左側に袴池があるがこれは見えなかった。代わりに右側にも水草に覆われた池がある。
間もなく道路に出ると、駐車場の一角に<豊葦遊森の館>が建っている。そこから赤池の畔を少し歩いたテントサイトにザックを下ろして15時、セクション1を消化して本日の行動を終了。
赤池テントサイト
<豊葦遊森の館>は2階建ての1階がトイレ、2階は立入禁止になっている。外の水道には「この水のめません」とある。時折道路を通過する車があるが、駐車場もテン場も無人で、キャンプ場ならばビールを買えるのではなどと思っていたのは甘かった。T中氏の持参した浄水器を借りて水道の水を汲み、テン場の草の上で夕食。テントに入ると18時半頃に雨音。ペラペラの寝袋では寒いかと思ったが夜は案外と暖かく、ダウンジャケットと靴下を脱いだ。

■10/1(水)
起床時は曇っていたが、雲の切れ間に星も見える。5:40、Tシャツ姿で出発(6時半に気温12℃)。
歩き始めて間もなく、遠くにサルの声を聞く。沼の原湿原に霧が掛かる様はちょっと幻想的だ。
沼の原湿原
沼ノ池(希望湖・のぞみこ)のボート小屋(10月は週末のみ営業)で休憩し、毛無山の登りにかかる。山頂手前の登山道脇にアケビが生っていた。アケビの実に出会ったのは初めて。まだ完熟していないようだが、ひとつ割って果肉(種の周りの白いフワフワ)を種ごと口にしてみるとほんのり甘い。歩きながら種を吐き出して、アケビの生息域拡大に協力する。厚い皮は苦かった。
あけび
7:45に毛無山(1022.1m)。山頂から下りる途中でルートは県境を離れる。涌井新池の傍らには石碑が倒れていた。池の名称からして、溜池完成の記念碑だろうか。そこからしばらく林道を歩く。
9時過ぎに涌井の集落で国道292号を横断し、セクション3に入る。国道は山間の低い処を通したようで、山道をひと登り。標高700m前後の山腹を行く歩きやすい道になると、道端のポールに「飯山市大字旭字姥懐」と記してある。山姥伝説でもありそうだ。
姥懐
富倉峠に10時、上杉謙信が兵を休ませた大将陣に10:15。林道に出て、北峠に10時半。予報では午後から雨だったが、ここで降り出したので雨具を着けた。
峠から1時間ほど草の道を行くうちに晴れてきた。派手な色合いのイモムシはアオバセセリの幼虫。黄と黒の配色は捕食昆虫避けになっているのだろうか。
アオバセセリの幼虫
黒岩山に向けた登りに入ると、小ぶりのマムシらしきヘビが前を横切った。道は938.4m三角点を外してその東側の尾根へ。ユニークな五角形の休憩舎前から、下の田園地帯とその向こうの山を望む。
黒岩山休憩舎
緩やかな最高点(911m)を通り過ぎ、黒岩山の下りでふたたび雨。指導標に従って太郎清水経由で桂池へ向かう。
太郎清水は山道が道路に下りた横に出ていた。地図に「夏は枯れる場合あり」と注意書きされているが、今はパイプから十分に流れ出ている。汲むために手を浸ける桝(ます)の水が冷たい。
太郎清水
太郎清水から桂池沿いに道路を進み、桂池テントサイトに12:50。時間的には一つ先のテン場(戸狩温泉星降るキャンプ場)まで進んでも良いくらいだが、この天気では今日もうたくさんである。シェルター(管理棟?)は梁が折れブロック壁がひび割れて倒壊寸前、立入禁止なのだが、雨を避けるため屋根の下に入り、外に面して置かれたベンチに梁の下を避けて腰を下ろした。シェルター前のクーラーボックスはビールの無人販売ではなく、太郎清水が枯れている場合に備えて有志が用意してくれたペットボトル水だ。
テントを張った後は降ったり止んだりし、15時半頃に晴れた。
桂池テントサイト

■10/2(木)
5時半に出発。薄くガスが掛かっている。舗装路から北に向かうトレイルに入ると、こちらにも池がある。地図には隣接して「北古池湿原」とあるから、これが「北古池」だろうか?
仏ヶ峰登山口に6:50。ここからセクション4に入る。地図にトイレマークがあるが、スキーリフト乗場のものは営業期間外で使用禁止だ。雲が取れて空が明るい。
ゲレンデの一部なのか、藪に挟まれた草斜面を上って稜線に出る。県境線に合流して、仏ヶ峰(1139.9m)に8:10。山頂標は無く、三角点標石に山名が落書きされていた。
小沢峠を越えると、ブナ林が美しい。
ブナ林
10:20、鍋倉山(1288.8m)山頂には三角点の傍らに潰れた祠があった。昔の信仰や交通の痕跡に乏しい印象のこのルートには珍しい。
鍋倉山山頂
久々野(くぐの)峠を経て上がる黒倉山(1242m)には、新旧の山頂標が建っている。古い木柱と板倉町(現在は上越市板倉区)の石柱に記された標高は現在の地図・地形図より高い。
黒倉山山頂
黒倉山と関田峠の中間あたりで、犬連れの女性二人と擦れ違った。トレイルに入ってから初めて会うヒトだ。犬の一頭は地面に這いつくばって「行きたくない!」と言っているようだった。その後、一時冷たい風が吹き、顔にポツポツと雨を感じる一方、雲の間から日も射す。茶屋池が近くなると、ルート脇にも池が見える。
関田峠に11:40に到着し、20分ほど休憩。駐車していた一台は先ほどの二人連れか。トレイルのセクション5入口に「大明神」の祠あり。鍋倉山頂の神様もこれかもしれない。
関田峠
峠から間もなく、県境線から外れて光ヶ原へ下りる。苔の付いた土斜面は滑りやすく、二人同時にシリモチをついた。12時半、光ヶ原高原キャンプ場着。すっかり晴れたので、広い草地のテントサイト一角にテント、シュラフ他、湿った荷物を拡げた。
光ヶ原テントサイト
事前にネット検索したところ、キャンプ場は営業している様子。今日はビールにありつけると楽しみに歩いてきたのだが、建物の方に行ってみると、豈図(あにはか)らんや、閉鎖され森閑としていた。ただ、クルマやバイク、サイクリングがチラホラと来る。景色を眺めていた地元女性の話では、バブルの頃に開業したが尻すぼみとなり、廃業して久しいとか。なるほど眺望は良い。下の街は妙高~上越市、右手の海岸に建つのは直江津港の上越火力発電所だ(柏崎刈羽原発は北側の山の向こうに遠く、ここからは見えない)。
光ヶ原高原からの眺望
テントサイトに戻る。日向にいると暑く、木陰に移動して各自読書していると、単独男性が下りてきた。我々とは反対方向から来て、宇津ノ俣峠~牧峠で何度もクマの声を聞いたという。持参したアルコールを飲み尽くしてテントに入る。本日の行程ではスマホ電波は全般に良く入ったが、関田峠以降は繋がらなかった。

■10/3(金)
5:20に出発、晴れ。
坂を上がって県境線に戻る。梨平峠から1094.9m三角点、牧の小池と辿り、市道牧飯山線(土砂崩落で通行止め)を横切る牧峠に7時半。ここから昨日の単独男性が話していたクマエリアだ。二人の間隔を空けないで行こう。道路から入ったところにあった登山者カウンター「251」は、今シーズン中の入山者だろうか。
いかにもクマの出そうな(?)クマザサの間の道で、8時に三等三角点標石のある花立山(1069m)。この三角点、地図および国土地理院の基準点成果等閲覧サービスに記載されているが、何故か地形図にはマークが無い。
花立山
さらに30分で宇津ノ俣峠に抜けた。幸いここまでクマの気配を感じることはなかったが、峠はそのまま通過し、幻の池まで進んで休憩。
幻の池
池畔から県境稜線に戻ると、北側の山並みの奥に黒姫山(891m、下の写真中央右)や米山(992.4m、写真左寄り)が見えた。トレイル開始点の斑尾山西にも黒姫山(2053m)があって紛らわしい。ここはスマホ電波あり。
遠く、黒姫山・米山
10時半に国道403号(新潟側への通り抜け不能)と交わる伏野(ぶせの)峠。トレイルの案内板が埋まっているのは、豪雪で垂直に沈み込んだというのだから凄まじい。ここにも桂池テントサイトと同様のペットボトル水が置かれていた。
沈んだ案内板
伏野峠からセクション6に入る。急斜面を上った1094.4m三角点は藪の中なのか確認できず、須川(すがわ)峠を経て緩いアップダウンで進み、野々海(ののみ)峠が近くなると湿原を見る。野々海峠に13時半。
本日の泊り場には峠から車道を行くこともできるが、トレイルを忠実に辿って長野県最北地点の三角点(1135.4m)を確認。ここは見通しが利いてスマホ電波も入った。
長野県最北地点
やや乾燥した感じの湿原に下り、野々海高原テントサイトに14:50到着。
野々海高原
段々になったテン場に宿泊者は他にいないが、地元工務店らしき人が湿原の木道修理に来ていた。水場の上のテーブルで食事。
野々海高原テントサイト

■10/4(土)
起床時の小雨はすぐに止んだ。5:20出発。
三方岳(さんぽうだけ、1138.5m)を踏み、7時に天水山(あまみずやま、1088m)。ここからセクション7に入り、県境線は南へ向かって高度を下げて行く。8:10、「里山出合」のトレイル標識で道路に出た。やがて舗装路となり、標識に従って田畑の間をショートカットして行く。近づくと警戒音や猪の断末魔の声(?)を発する動物避けがあちこちに設置されていた。
古びた石仏や道祖神のある建森田神社に無事下山のお礼参拝。歩き始めの祈願がお寺(即心院)で終わりのお礼が神社となったのは勘弁してください(笑
建森田神社
セクション7終点の森宮野原駅に9:10到着。ここは、昭和20(1945)年に7.85mを記録した日本最高積雪地点だ。峠のトレイル案内板が地面に押し込まれてしまうのもむべなるかな。
森宮野原駅
バスまで2時間以上あるので、国道沿いのコンビニまで行って缶ビールとツマミを買う。駅前のベンチで飲んでいると、ソーセージに飛んできたハチが肉団子を作って持っていく。何度も繰り返していたが、これを食べる幼虫が塩分過多にならないか心配だ。
ソーセージ団子を作るハチ
駅前には震災復興祈念館等もある。バスで越後湯沢駅に出て、ぽんしゅ館酒風呂で垢を落とした。5日間で実際に歩いた距離は73kmだった。

■今回のルート
        ↓全行程
信越トレイルルート_全体
        ↓ 9/30:斑尾山登山口(即心院)~赤池テントサイト
信越トレイルルート_1
        ↓ 10/1:赤池テントサイト~桂池テントサイト
信越トレイルルート_2
        ↓ 10/2:桂池テントサイト~光ヶ原高原キャンプ場
信越トレイルルート_3
        ↓ 10/3:光ヶ原高原キャンプ場~野々海高原テントサイト
信越トレイルルート_4
        ↓ 10/4:野々海高原テントサイト~森宮野原駅
信越トレイルルート_5
        ↓全行程高度グラフ
信越トレイル_高度グラフ

2025/9/21(日) 秩父御岳山2025年09月21日 00:00

自分が担当の八ッ峰クラブ山行。年間計画では宿泊して早池峰山、六角牛山の予定だったが希望者が少なく廃案となり、代わりに8月の両神山のサブプランだった秩父御岳山(おんたけさん)を活かすことになった。が、こちらもキャンセルが出て自分とI田・T氏、A井・T氏(女性)の3名となり、有志山行として実施。

三峰口駅から小鹿野町営バスに乗車。マイクロバスの座席がほぼ埋まったが、古池で降りたのは我々のみ。皆、両神登山らしい。
猪狩(いかり)神社に移動し、急な石段を上がって登山の無事をお願いする。 
猪狩神社
ここの狛犬は精悍なオオカミ像でお気に入りだ。11月の奥宮祭には集落全戸の代表者(男性のみ)が猪狩山に登り、一説にはオオカミの遠吠えを模したとみられる鬨(とき)の声をあげる。少し年配の方は「いつまでこのお山に登れるやら…」との思いを抱くとか(小倉美惠子『オオカミの護符』)。
身支度を済ませて8:25に出発。拝殿横の登山口からひと登りすると作業道に出た。直登する踏み跡は見えないので、草ぼうぼうの道を辿ってみると、折り返してふたたび踏み跡に入った。いったん林道に絡み、やがて固定ロープの連続する急登となる。
固定ロープの急登
この土地の人でも「いつまで登れるか」と思うのも頷ける。汗をかいて登りきると、二つの祠のある猪狩神社奥宮だ。 
猪狩神社奥宮
奥宮から30分ほど進み、猪狩山(鞍掛山)山頂(822m)に10時半到着。山頂標は無いが、木の幹と枝の間に山名と標高を記した平たい石が載せてあった。 
猪狩山(鞍掛山)
山頂からはロープの付いた岩場を下り、続いて痩せ尾根となる。難しくはないが、慎重に通過。緩いアップダウンで834m地点を越え、林道を横切って、贄川宿への分岐があるタツミチに11:35。そこから20分ほど進むと、秩父御岳山へ向けての急登となる。ここは単調な登りだ。傾斜が緩み、杉ノ峠へと下りる分岐箇所にはベンチあり。
分岐からわずかに登り、12:25、秩父御岳山(1080.4m)に登頂した。 
秩父御岳山
山頂の祠は、下山先となる普寛神社(国道140号線沿い)の奥宮で、「御嶽山開闢 普寛霊神祈祷璽」の碑伝(ひで)が納められている。普寛行者(1731~1801)は秩父(旧大滝村)の生れで木曾御嶽山に王滝口を開き、御嶽教を広めた人。他に八海山や武尊山も開山しており、登山者には馴染みが深い。 
普寛神社奥宮
ここから眺める両神山にも御嶽神社がある。 
両神山
この山頂まで誰にも会わなかったが、休憩中に東と西からそれぞれ二人組がやってきた。
昼食を摂ってから下山開始。最初はクサリ、ロープの付いた急斜面。 
秩父御岳山の下り
細い尾根を少し行き、「落合へ至る」の指導標で南へ折れて急降下。普寛トンネル(通行止めとなっている)から下は沢沿いになる。桟道や橋がいくつも現れ、転落防止にクサリの付いた箇所もある。 このルートは以前、土砂崩れで通行止めだった時に登ったことがある(⇒ 2012/1/2記事)が、その後に整備されたのだろう。
沢沿いのクサリ
倒木で塞がれた桟道は、倒木を乗り越え、あるいは潜って通過した。 
倒木で塞がれた桟道
下顎、肢、脊椎など、1頭分が割合にまとまった鹿の骨があったりもする。同行の二人は「初めて見た」と。
堰堤を越えて道路に出、14時半前に普寛神社に到着。無事下山のお礼に参拝したかったが、残念ながらコロナ感染拡大防止のため立入禁止だった。

大滝温泉遊湯館までは10分程。計画通りのバス(16:05)まで、ゆっくり休憩した。

■今回のルート
秩父御岳山ルート

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