2025/9/1(月) 金沢・兼六園など ― 2025年09月01日 00:00
白山から下りて風呂に入った(⇒ 8/30~9/1記事)後、ザックを金沢駅のコインロッカーに押し込んで、少しだけ金沢観光。
ともかく兼六園は見ておこうと城下まち金沢周遊バスに乗る。
兼六園といえばこれ、という訳で、徽軫灯籠(ことじとうろう)。あとはスマホで案内図を見ながら一周。木陰が多いのでそれほど暑くない。
金沢観光の案内サイトを見て、手近なところで金澤神社へ。
境内にある「金城霊沢(きんじょうれいたく)」が金沢の地名の由来だとか。ここにも徽軫灯籠に似たのがあった。
あとは金沢城公園。
能登半島地震で被災した石垣の復旧作業か、足場が組まれている。園内を歩きまわるのは暑い。16時半を過ぎており、河北門の内部は見学できなかった。
駅前で蕎麦を食べ、土産を買って新幹線に乗った。
ともかく兼六園は見ておこうと城下まち金沢周遊バスに乗る。
兼六園といえばこれ、という訳で、徽軫灯籠(ことじとうろう)。あとはスマホで案内図を見ながら一周。木陰が多いのでそれほど暑くない。
金沢観光の案内サイトを見て、手近なところで金澤神社へ。
境内にある「金城霊沢(きんじょうれいたく)」が金沢の地名の由来だとか。ここにも徽軫灯籠に似たのがあった。
あとは金沢城公園。
能登半島地震で被災した石垣の復旧作業か、足場が組まれている。園内を歩きまわるのは暑い。16時半を過ぎており、河北門の内部は見学できなかった。
駅前で蕎麦を食べ、土産を買って新幹線に乗った。
2025/9/21(日) 秩父御岳山 ― 2025年09月21日 00:00
自分が担当の八ッ峰クラブ山行。年間計画では宿泊して早池峰山、六角牛山の予定だったが希望者が少なく廃案となり、代わりに8月の両神山のサブプランだった秩父御岳山(おんたけさん)を活かすことになった。が、こちらもキャンセルが出て自分とI田・T氏、A井・T氏(女性)の3名となり、有志山行として実施。
三峰口駅から小鹿野町営バスに乗車。マイクロバスの座席がほぼ埋まったが、古池で降りたのは我々のみ。皆、両神登山らしい。
猪狩(いかり)神社に移動し、急な石段を上がって登山の無事をお願いする。 ここの狛犬は精悍なオオカミ像でお気に入りだ。11月の奥宮祭には集落全戸の代表者(男性のみ)が猪狩山に登り、一説にはオオカミの遠吠えを模したとみられる鬨(とき)の声をあげる。少し年配の方は「いつまでこのお山に登れるやら…」との思いを抱くとか(小倉美惠子『オオカミの護符』)。
身支度を済ませて8:25に出発。拝殿横の登山口からひと登りすると作業道に出た。直登する踏み跡は見えないので、草ぼうぼうの道を辿ってみると、折り返してふたたび踏み跡に入った。いったん林道に絡み、やがて固定ロープの連続する急登となる。この土地の人でも「いつまで登れるか」と思うのも頷ける。汗をかいて登りきると、二つの祠のある猪狩神社奥宮だ。 奥宮から30分ほど進み、猪狩山(鞍掛山)山頂(822m)に10時半到着。山頂標は無いが、木の幹と枝の間に山名と標高を記した平たい石が載せてあった。 山頂からはロープの付いた岩場を下り、続いて痩せ尾根となる。難しくはないが、慎重に通過。緩いアップダウンで834m地点を越え、林道を横切って、贄川宿への分岐があるタツミチに11:35。そこから20分ほど進むと、秩父御岳山へ向けての急登となる。ここは単調な登りだ。傾斜が緩み、杉ノ峠へと下りる分岐箇所にはベンチあり。
分岐からわずかに登り、12:25、秩父御岳山(1080.4m)に登頂した。 山頂の祠は、下山先となる普寛神社(国道140号線沿い)の奥宮で、「御嶽山開闢 普寛霊神祈祷璽」の碑伝(ひで)が納められている。普寛行者(1731~1801)は秩父(旧大滝村)の生れで木曾御嶽山に王滝口を開き、御嶽教を広めた人。他に八海山や武尊山も開山しており、登山者には馴染みが深い。 ここから眺める両神山にも御嶽神社がある。 この山頂まで誰にも会わなかったが、休憩中に東と西からそれぞれ二人組がやってきた。
昼食を摂ってから下山開始。最初はクサリ、ロープの付いた急斜面。 細い尾根を少し行き、「落合へ至る」の指導標で南へ折れて急降下。普寛トンネル(通行止めとなっている)から下は沢沿いになる。桟道や橋がいくつも現れ、転落防止にクサリの付いた箇所もある。 このルートは以前、土砂崩れで通行止めだった時に登ったことがある(⇒ 2012/1/2記事)が、その後に整備されたのだろう。倒木で塞がれた桟道は、倒木を乗り越え、あるいは潜って通過した。
大滝温泉遊湯館までは10分程。計画通りのバス(16:05)まで、ゆっくり休憩した。
■今回のルート
三峰口駅から小鹿野町営バスに乗車。マイクロバスの座席がほぼ埋まったが、古池で降りたのは我々のみ。皆、両神登山らしい。
猪狩(いかり)神社に移動し、急な石段を上がって登山の無事をお願いする。 ここの狛犬は精悍なオオカミ像でお気に入りだ。11月の奥宮祭には集落全戸の代表者(男性のみ)が猪狩山に登り、一説にはオオカミの遠吠えを模したとみられる鬨(とき)の声をあげる。少し年配の方は「いつまでこのお山に登れるやら…」との思いを抱くとか(小倉美惠子『オオカミの護符』)。
身支度を済ませて8:25に出発。拝殿横の登山口からひと登りすると作業道に出た。直登する踏み跡は見えないので、草ぼうぼうの道を辿ってみると、折り返してふたたび踏み跡に入った。いったん林道に絡み、やがて固定ロープの連続する急登となる。この土地の人でも「いつまで登れるか」と思うのも頷ける。汗をかいて登りきると、二つの祠のある猪狩神社奥宮だ。 奥宮から30分ほど進み、猪狩山(鞍掛山)山頂(822m)に10時半到着。山頂標は無いが、木の幹と枝の間に山名と標高を記した平たい石が載せてあった。 山頂からはロープの付いた岩場を下り、続いて痩せ尾根となる。難しくはないが、慎重に通過。緩いアップダウンで834m地点を越え、林道を横切って、贄川宿への分岐があるタツミチに11:35。そこから20分ほど進むと、秩父御岳山へ向けての急登となる。ここは単調な登りだ。傾斜が緩み、杉ノ峠へと下りる分岐箇所にはベンチあり。
分岐からわずかに登り、12:25、秩父御岳山(1080.4m)に登頂した。 山頂の祠は、下山先となる普寛神社(国道140号線沿い)の奥宮で、「御嶽山開闢 普寛霊神祈祷璽」の碑伝(ひで)が納められている。普寛行者(1731~1801)は秩父(旧大滝村)の生れで木曾御嶽山に王滝口を開き、御嶽教を広めた人。他に八海山や武尊山も開山しており、登山者には馴染みが深い。 ここから眺める両神山にも御嶽神社がある。 この山頂まで誰にも会わなかったが、休憩中に東と西からそれぞれ二人組がやってきた。
昼食を摂ってから下山開始。最初はクサリ、ロープの付いた急斜面。 細い尾根を少し行き、「落合へ至る」の指導標で南へ折れて急降下。普寛トンネル(通行止めとなっている)から下は沢沿いになる。桟道や橋がいくつも現れ、転落防止にクサリの付いた箇所もある。 このルートは以前、土砂崩れで通行止めだった時に登ったことがある(⇒ 2012/1/2記事)が、その後に整備されたのだろう。倒木で塞がれた桟道は、倒木を乗り越え、あるいは潜って通過した。
下顎、肢、脊椎など、1頭分が割合にまとまった鹿の骨があったりもする。同行の二人は「初めて見た」と。
堰堤を越えて道路に出、14時半前に普寛神社に到着。無事下山のお礼に参拝したかったが、残念ながらコロナ感染拡大防止のため立入禁止だった。
大滝温泉遊湯館までは10分程。計画通りのバス(16:05)まで、ゆっくり休憩した。
■今回のルート
2025/9/30(火)~10/4(土) 信越トレイル(セクション1~7) ― 2025年09月30日 00:00
T中・H氏と無名山塾の自主山行。と言っても山行として特筆すべきことはなく、あくまでもロングトレイルなのだった。
全長110kmの信越トレイルはセクション1~10から成り、全体を歩き通すのを「スルーハイク」、いくつかのセクションに限るのを「セクションハイク」と呼ぶ。今回はセクション1の斑尾山から7の森宮野原駅まで。最初にT中氏が3泊の行程を考えたが、行動時間が13時間(昭文社山と高原地図「妙高・戸隠・雨飾」2023年版=以下「地図」と記載=のコースタイム)に及ぶ日があるのは厳しいかと4泊に緩めた。テントは各々とするが、テントサイトはT中氏がまとめて事前に予約・決済し、4箇所合計で一人6500円。
⇒ 信越トレイルホームページ
■9/30(火)
新幹線で長野へ、しなの鉄道に乗り換えて黒姫まで。財布を忘れたT中氏に、テント料金の精算と合わせて現金1万円を渡す。予約のタクシーに荒瀬原の斑尾山登山道入口までと言うと、バス通りから少し入った寺院(即心院)前で停めてくれた(3000円)。
即心院(標高710m)の薬師如来にお参りし、10時半に出発。晴れ。農道を遮る電気柵はフックを外して通過できる。草地の道から間もなく樹林に入り、林道を横切ってひと登りすると、尾根に乗る地点に「釜石山 1020」の指導標があった(地図では「釜石山分岐」で、釜石山は西側の1100mとなっている)。斑尾山へ向けて尾根を行くと、1192mの手前に「蟻のと渡り」とあるが、歩きやすい道で特段痩せている訳でもない。大明神岳(1160m、12時半)からは眺めが良い。野尻湖の向こう、雲を被っているが黒姫山(2053m)、右に妙高山(2448.7m)、左に飯縄山(1917.2m)。十二薬師(地図では「十三薬師」)を拝むと、1381.4m一等三角点のある斑尾山山頂だ(12:45)。山頂道標に「信越トレイル①-1」とあり、トレイルはここからスタートとなる。
十二薬師の祠は即心院の奥の院であり、また、即心院の南西には薬師岳(819m。上の写真左端の中景)もあって、一帯に薬師信仰の匂いが濃い(一方、歩き終えて振り返ると、今回のルート中に祠や石仏等はほとんど見られなかった)。
⇒ 斑尾高原観光協会/民話「斑尾山の十二薬師」三角点から進んだ北山頂には野尻湖方面の山々を示した看板が立てかけてあったが、木々に遮られて実際の眺望は無し。ここから長野-新潟の県境を万坂(まんざか)峠へ向かう。リフト終端付近で木立の陰から人声が聞こえたように思ったが姿は見えず。下りにかかると行く手が見渡せた。あの水面が沼ノ池なら、今日の泊り場所・赤池テントサイトはその左の丘に隠れた辺りか。スキーコースを下りて、車道を横切る万坂峠に13:50。道端の標識がどちらを指すのか不明瞭だが、トレイルは道路を少し新潟側に上った箇所に続く。袴岳への分岐近く、地図では道の左側に袴池があるがこれは見えなかった。代わりに右側にも水草に覆われた池がある。
間もなく道路に出ると、駐車場の一角に<豊葦遊森の館>が建っている。そこから赤池の畔を少し歩いたテントサイトにザックを下ろして15時、セクション1を消化して本日の行動を終了。<豊葦遊森の館>は2階建ての1階がトイレ、2階は立入禁止になっている。外の水道には「この水のめません」とある。時折道路を通過する車があるが、駐車場もテン場も無人で、キャンプ場ならばビールを買えるのではなどと思っていたのは甘かった。T中氏の持参した浄水器を借りて水道の水を汲み、テン場の草の上で夕食。テントに入ると18時半頃に雨音。ペラペラの寝袋では寒いかと思ったが夜は案外と暖かく、ダウンジャケットと靴下を脱いだ。
■10/1(水)
起床時は曇っていたが、雲の切れ間に星も見える。5:40、Tシャツ姿で出発(6時半に気温12℃)。
歩き始めて間もなく、遠くにサルの声を聞く。沼の原湿原に霧が掛かる様はちょっと幻想的だ。沼ノ池(希望湖・のぞみこ)のボート小屋(10月は週末のみ営業)で休憩し、毛無山の登りにかかる。山頂手前の登山道脇にアケビが生っていた。アケビの実に出会ったのは初めて。まだ完熟していないようだが、ひとつ割って果肉(種の周りの白いフワフワ)を種ごと口にしてみるとほんのり甘い。歩きながら種を吐き出して、アケビの生息域拡大に協力する。厚い皮は苦かった。7:45に毛無山(1022.1m)。山頂から下りる途中でルートは県境を離れる。涌井新池の傍らには石碑が倒れていた。池の名称からして、溜池完成の記念碑だろうか。そこからしばらく林道を歩く。
9時過ぎに涌井の集落で国道292号を横断し、セクション3に入る。国道は山間の低い処を通したようで、山道をひと登り。標高700m前後の山腹を行く歩きやすい道になると、道端のポールに「飯山市大字旭字姥懐」と記してある。山姥伝説でもありそうだ。富倉峠に10時、上杉謙信が兵を休ませた大将陣に10:15。林道に出て、北峠に10時半。予報では午後から雨だったが、ここで降り出したので雨具を着けた。
峠から1時間ほど草の道を行くうちに晴れてきた。派手な色合いのイモムシはアオバセセリの幼虫。黄と黒の配色は捕食昆虫避けになっているのだろうか。黒岩山に向けた登りに入ると、小ぶりのマムシらしきヘビが前を横切った。道は938.4m三角点を外してその東側の尾根へ。ユニークな五角形の休憩舎前から、下の田園地帯とその向こうの山を望む。緩やかな最高点(911m)を通り過ぎ、黒岩山の下りでふたたび雨。指導標に従って太郎清水経由で桂池へ向かう。
太郎清水は山道が道路に下りた横に出ていた。地図に「夏は枯れる場合あり」と注意書きされているが、今はパイプから十分に流れ出ている。汲むために手を浸ける桝(ます)の水が冷たい。太郎清水から桂池沿いに道路を進み、桂池テントサイトに12:50。時間的には一つ先のテン場(戸狩温泉星降るキャンプ場)まで進んでも良いくらいだが、この天気では今日もうたくさんである。シェルター(管理棟?)は梁が折れブロック壁がひび割れて倒壊寸前、立入禁止なのだが、雨を避けるため屋根の下に入り、外に面して置かれたベンチに梁の下を避けて腰を下ろした。シェルター前のクーラーボックスはビールの無人販売ではなく、太郎清水が枯れている場合に備えて有志が用意してくれたペットボトル水だ。
テントを張った後は降ったり止んだりし、15時半頃に晴れた。
■10/2(木)
5時半に出発。薄くガスが掛かっている。舗装路から北に向かうトレイルに入ると、こちらにも池がある。地図には隣接して「北古池湿原」とあるから、これが「北古池」だろうか?
仏ヶ峰登山口に6:50。ここからセクション4に入る。地図にトイレマークがあるが、スキーリフト乗場のものは営業期間外で使用禁止だ。雲が取れて空が明るい。
ゲレンデの一部なのか、藪に挟まれた草斜面を上って稜線に出る。県境線に合流して、仏ヶ峰(1139.9m)に8:10。山頂標は無く、三角点標石に山名が落書きされていた。
小沢峠を越えると、ブナ林が美しい。10:20、鍋倉山(1288.8m)山頂には三角点の傍らに潰れた祠があった。昔の信仰や交通の痕跡に乏しい印象のこのルートには珍しい。久々野(くぐの)峠を経て上がる黒倉山(1242m)には、新旧の山頂標が建っている。古い木柱と板倉町(現在は上越市板倉区)の石柱に記された標高は現在の地図・地形図より高い。黒倉山と関田峠の中間あたりで、犬連れの女性二人と擦れ違った。トレイルに入ってから初めて会うヒトだ。犬の一頭は地面に這いつくばって「行きたくない!」と言っているようだった。その後、一時冷たい風が吹き、顔にポツポツと雨を感じる一方、雲の間から日も射す。茶屋池が近くなると、ルート脇にも池が見える。
関田峠に11:40に到着し、20分ほど休憩。駐車していた一台は先ほどの二人連れか。トレイルのセクション5入口に「大明神」の祠あり。鍋倉山頂の神様もこれかもしれない。峠から間もなく、県境線から外れて光ヶ原へ下りる。苔の付いた土斜面は滑りやすく、二人同時にシリモチをついた。12時半、光ヶ原高原キャンプ場着。すっかり晴れたので、広い草地のテントサイト一角にテント、シュラフ他、湿った荷物を拡げた。事前にネット検索したところ、キャンプ場は営業している様子。今日はビールにありつけると楽しみに歩いてきたのだが、建物の方に行ってみると、豈図(あにはか)らんや、閉鎖され森閑としていた。ただ、クルマやバイク、サイクリングがチラホラと来る。景色を眺めていた地元女性の話では、バブルの頃に開業したが尻すぼみとなり、廃業して久しいとか。なるほど眺望は良い。下の街は妙高~上越市、右手の海岸に建つのは直江津港の上越火力発電所だ(柏崎刈羽原発は北側の山の向こうに遠く、ここからは見えない)。テントサイトに戻る。日向にいると暑く、木陰に移動して各自読書していると、単独男性が下りてきた。我々とは反対方向から来て、宇津ノ俣峠~牧峠で何度もクマの声を聞いたという。持参したアルコールを飲み尽くしてテントに入る。本日の行程ではスマホ電波は全般に良く入ったが、関田峠以降は繋がらなかった。
■10/3(金)
5:20に出発、晴れ。
坂を上がって県境線に戻る。梨平峠から1094.9m三角点、牧の小池と辿り、市道牧飯山線(土砂崩落で通行止め)を横切る牧峠に7時半。ここから昨日の単独男性が話していたクマエリアだ。二人の間隔を空けないで行こう。道路から入ったところにあった登山者カウンター「251」は、今シーズン中の入山者だろうか。
いかにもクマの出そうな(?)クマザサの間の道で、8時に三等三角点標石のある花立山(1069m)。この三角点、地図および国土地理院の基準点成果等閲覧サービスに記載されているが、何故か地形図にはマークが無い。さらに30分で宇津ノ俣峠に抜けた。幸いここまでクマの気配を感じることはなかったが、峠はそのまま通過し、幻の池まで進んで休憩。池畔から県境稜線に戻ると、北側の山並みの奥に黒姫山(891m、下の写真中央右)や米山(992.4m、写真左寄り)が見えた。トレイル開始点の斑尾山西にも黒姫山(2053m)があって紛らわしい。ここはスマホ電波あり。10時半に国道403号(新潟側への通り抜け不能)と交わる伏野(ぶせの)峠。トレイルの案内板が埋まっているのは、豪雪で垂直に沈み込んだというのだから凄まじい。ここにも桂池テントサイトと同様のペットボトル水が置かれていた。伏野峠からセクション6に入る。急斜面を上った1094.4m三角点は藪の中なのか確認できず、須川(すがわ)峠を経て緩いアップダウンで進み、野々海(ののみ)峠が近くなると湿原を見る。野々海峠に13時半。
本日の泊り場には峠から車道を行くこともできるが、トレイルを忠実に辿って長野県最北地点の三角点(1135.4m)を確認。ここは見通しが利いてスマホ電波も入った。やや乾燥した感じの湿原に下り、野々海高原テントサイトに14:50到着。段々になったテン場に宿泊者は他にいないが、地元工務店らしき人が湿原の木道修理に来ていた。水場の上のテーブルで食事。
■10/4(土)
起床時の小雨はすぐに止んだ。5:20出発。
三方岳(さんぽうだけ、1138.5m)を踏み、7時に天水山(あまみずやま、1088m)。ここからセクション7に入り、県境線は南へ向かって高度を下げて行く。8:10、「里山出合」のトレイル標識で道路に出た。やがて舗装路となり、標識に従って田畑の間をショートカットして行く。近づくと警戒音や猪の断末魔の声(?)を発する動物避けがあちこちに設置されていた。
古びた石仏や道祖神のある建森田神社に無事下山のお礼参拝。歩き始めの祈願がお寺(即心院)で終わりのお礼が神社となったのは勘弁してください(笑セクション7終点の森宮野原駅に9:10到着。ここは、昭和20(1945)年に7.85mを記録した日本最高積雪地点だ。峠のトレイル案内板が地面に押し込まれてしまうのもむべなるかな。バスまで2時間以上あるので、国道沿いのコンビニまで行って缶ビールとツマミを買う。駅前のベンチで飲んでいると、ソーセージに飛んできたハチが肉団子を作って持っていく。何度も繰り返していたが、これを食べる幼虫が塩分過多にならないか心配だ。駅前には震災復興祈念館等もある。バスで越後湯沢駅に出て、ぽんしゅ館の酒風呂で垢を落とした。5日間で実際に歩いた距離は73kmだった。
■今回のルート
↓全行程 ↓ 9/30:斑尾山登山口(即心院)~赤池テントサイト ↓ 10/1:赤池テントサイト~桂池テントサイト ↓ 10/2:桂池テントサイト~光ヶ原高原キャンプ場 ↓ 10/3:光ヶ原高原キャンプ場~野々海高原テントサイト ↓ 10/4:野々海高原テントサイト~森宮野原駅 ↓全行程高度グラフ
全長110kmの信越トレイルはセクション1~10から成り、全体を歩き通すのを「スルーハイク」、いくつかのセクションに限るのを「セクションハイク」と呼ぶ。今回はセクション1の斑尾山から7の森宮野原駅まで。最初にT中氏が3泊の行程を考えたが、行動時間が13時間(昭文社山と高原地図「妙高・戸隠・雨飾」2023年版=以下「地図」と記載=のコースタイム)に及ぶ日があるのは厳しいかと4泊に緩めた。テントは各々とするが、テントサイトはT中氏がまとめて事前に予約・決済し、4箇所合計で一人6500円。
⇒ 信越トレイルホームページ
■9/30(火)
新幹線で長野へ、しなの鉄道に乗り換えて黒姫まで。財布を忘れたT中氏に、テント料金の精算と合わせて現金1万円を渡す。予約のタクシーに荒瀬原の斑尾山登山道入口までと言うと、バス通りから少し入った寺院(即心院)前で停めてくれた(3000円)。
即心院(標高710m)の薬師如来にお参りし、10時半に出発。晴れ。農道を遮る電気柵はフックを外して通過できる。草地の道から間もなく樹林に入り、林道を横切ってひと登りすると、尾根に乗る地点に「釜石山 1020」の指導標があった(地図では「釜石山分岐」で、釜石山は西側の1100mとなっている)。斑尾山へ向けて尾根を行くと、1192mの手前に「蟻のと渡り」とあるが、歩きやすい道で特段痩せている訳でもない。大明神岳(1160m、12時半)からは眺めが良い。野尻湖の向こう、雲を被っているが黒姫山(2053m)、右に妙高山(2448.7m)、左に飯縄山(1917.2m)。十二薬師(地図では「十三薬師」)を拝むと、1381.4m一等三角点のある斑尾山山頂だ(12:45)。山頂道標に「信越トレイル①-1」とあり、トレイルはここからスタートとなる。
十二薬師の祠は即心院の奥の院であり、また、即心院の南西には薬師岳(819m。上の写真左端の中景)もあって、一帯に薬師信仰の匂いが濃い(一方、歩き終えて振り返ると、今回のルート中に祠や石仏等はほとんど見られなかった)。
⇒ 斑尾高原観光協会/民話「斑尾山の十二薬師」三角点から進んだ北山頂には野尻湖方面の山々を示した看板が立てかけてあったが、木々に遮られて実際の眺望は無し。ここから長野-新潟の県境を万坂(まんざか)峠へ向かう。リフト終端付近で木立の陰から人声が聞こえたように思ったが姿は見えず。下りにかかると行く手が見渡せた。あの水面が沼ノ池なら、今日の泊り場所・赤池テントサイトはその左の丘に隠れた辺りか。スキーコースを下りて、車道を横切る万坂峠に13:50。道端の標識がどちらを指すのか不明瞭だが、トレイルは道路を少し新潟側に上った箇所に続く。袴岳への分岐近く、地図では道の左側に袴池があるがこれは見えなかった。代わりに右側にも水草に覆われた池がある。
間もなく道路に出ると、駐車場の一角に<豊葦遊森の館>が建っている。そこから赤池の畔を少し歩いたテントサイトにザックを下ろして15時、セクション1を消化して本日の行動を終了。<豊葦遊森の館>は2階建ての1階がトイレ、2階は立入禁止になっている。外の水道には「この水のめません」とある。時折道路を通過する車があるが、駐車場もテン場も無人で、キャンプ場ならばビールを買えるのではなどと思っていたのは甘かった。T中氏の持参した浄水器を借りて水道の水を汲み、テン場の草の上で夕食。テントに入ると18時半頃に雨音。ペラペラの寝袋では寒いかと思ったが夜は案外と暖かく、ダウンジャケットと靴下を脱いだ。
■10/1(水)
起床時は曇っていたが、雲の切れ間に星も見える。5:40、Tシャツ姿で出発(6時半に気温12℃)。
歩き始めて間もなく、遠くにサルの声を聞く。沼の原湿原に霧が掛かる様はちょっと幻想的だ。沼ノ池(希望湖・のぞみこ)のボート小屋(10月は週末のみ営業)で休憩し、毛無山の登りにかかる。山頂手前の登山道脇にアケビが生っていた。アケビの実に出会ったのは初めて。まだ完熟していないようだが、ひとつ割って果肉(種の周りの白いフワフワ)を種ごと口にしてみるとほんのり甘い。歩きながら種を吐き出して、アケビの生息域拡大に協力する。厚い皮は苦かった。7:45に毛無山(1022.1m)。山頂から下りる途中でルートは県境を離れる。涌井新池の傍らには石碑が倒れていた。池の名称からして、溜池完成の記念碑だろうか。そこからしばらく林道を歩く。
9時過ぎに涌井の集落で国道292号を横断し、セクション3に入る。国道は山間の低い処を通したようで、山道をひと登り。標高700m前後の山腹を行く歩きやすい道になると、道端のポールに「飯山市大字旭字姥懐」と記してある。山姥伝説でもありそうだ。富倉峠に10時、上杉謙信が兵を休ませた大将陣に10:15。林道に出て、北峠に10時半。予報では午後から雨だったが、ここで降り出したので雨具を着けた。
峠から1時間ほど草の道を行くうちに晴れてきた。派手な色合いのイモムシはアオバセセリの幼虫。黄と黒の配色は捕食昆虫避けになっているのだろうか。黒岩山に向けた登りに入ると、小ぶりのマムシらしきヘビが前を横切った。道は938.4m三角点を外してその東側の尾根へ。ユニークな五角形の休憩舎前から、下の田園地帯とその向こうの山を望む。緩やかな最高点(911m)を通り過ぎ、黒岩山の下りでふたたび雨。指導標に従って太郎清水経由で桂池へ向かう。
太郎清水は山道が道路に下りた横に出ていた。地図に「夏は枯れる場合あり」と注意書きされているが、今はパイプから十分に流れ出ている。汲むために手を浸ける桝(ます)の水が冷たい。太郎清水から桂池沿いに道路を進み、桂池テントサイトに12:50。時間的には一つ先のテン場(戸狩温泉星降るキャンプ場)まで進んでも良いくらいだが、この天気では今日もうたくさんである。シェルター(管理棟?)は梁が折れブロック壁がひび割れて倒壊寸前、立入禁止なのだが、雨を避けるため屋根の下に入り、外に面して置かれたベンチに梁の下を避けて腰を下ろした。シェルター前のクーラーボックスはビールの無人販売ではなく、太郎清水が枯れている場合に備えて有志が用意してくれたペットボトル水だ。
テントを張った後は降ったり止んだりし、15時半頃に晴れた。
■10/2(木)
5時半に出発。薄くガスが掛かっている。舗装路から北に向かうトレイルに入ると、こちらにも池がある。地図には隣接して「北古池湿原」とあるから、これが「北古池」だろうか?
仏ヶ峰登山口に6:50。ここからセクション4に入る。地図にトイレマークがあるが、スキーリフト乗場のものは営業期間外で使用禁止だ。雲が取れて空が明るい。
ゲレンデの一部なのか、藪に挟まれた草斜面を上って稜線に出る。県境線に合流して、仏ヶ峰(1139.9m)に8:10。山頂標は無く、三角点標石に山名が落書きされていた。
小沢峠を越えると、ブナ林が美しい。10:20、鍋倉山(1288.8m)山頂には三角点の傍らに潰れた祠があった。昔の信仰や交通の痕跡に乏しい印象のこのルートには珍しい。久々野(くぐの)峠を経て上がる黒倉山(1242m)には、新旧の山頂標が建っている。古い木柱と板倉町(現在は上越市板倉区)の石柱に記された標高は現在の地図・地形図より高い。黒倉山と関田峠の中間あたりで、犬連れの女性二人と擦れ違った。トレイルに入ってから初めて会うヒトだ。犬の一頭は地面に這いつくばって「行きたくない!」と言っているようだった。その後、一時冷たい風が吹き、顔にポツポツと雨を感じる一方、雲の間から日も射す。茶屋池が近くなると、ルート脇にも池が見える。
関田峠に11:40に到着し、20分ほど休憩。駐車していた一台は先ほどの二人連れか。トレイルのセクション5入口に「大明神」の祠あり。鍋倉山頂の神様もこれかもしれない。峠から間もなく、県境線から外れて光ヶ原へ下りる。苔の付いた土斜面は滑りやすく、二人同時にシリモチをついた。12時半、光ヶ原高原キャンプ場着。すっかり晴れたので、広い草地のテントサイト一角にテント、シュラフ他、湿った荷物を拡げた。事前にネット検索したところ、キャンプ場は営業している様子。今日はビールにありつけると楽しみに歩いてきたのだが、建物の方に行ってみると、豈図(あにはか)らんや、閉鎖され森閑としていた。ただ、クルマやバイク、サイクリングがチラホラと来る。景色を眺めていた地元女性の話では、バブルの頃に開業したが尻すぼみとなり、廃業して久しいとか。なるほど眺望は良い。下の街は妙高~上越市、右手の海岸に建つのは直江津港の上越火力発電所だ(柏崎刈羽原発は北側の山の向こうに遠く、ここからは見えない)。テントサイトに戻る。日向にいると暑く、木陰に移動して各自読書していると、単独男性が下りてきた。我々とは反対方向から来て、宇津ノ俣峠~牧峠で何度もクマの声を聞いたという。持参したアルコールを飲み尽くしてテントに入る。本日の行程ではスマホ電波は全般に良く入ったが、関田峠以降は繋がらなかった。
■10/3(金)
5:20に出発、晴れ。
坂を上がって県境線に戻る。梨平峠から1094.9m三角点、牧の小池と辿り、市道牧飯山線(土砂崩落で通行止め)を横切る牧峠に7時半。ここから昨日の単独男性が話していたクマエリアだ。二人の間隔を空けないで行こう。道路から入ったところにあった登山者カウンター「251」は、今シーズン中の入山者だろうか。
いかにもクマの出そうな(?)クマザサの間の道で、8時に三等三角点標石のある花立山(1069m)。この三角点、地図および国土地理院の基準点成果等閲覧サービスに記載されているが、何故か地形図にはマークが無い。さらに30分で宇津ノ俣峠に抜けた。幸いここまでクマの気配を感じることはなかったが、峠はそのまま通過し、幻の池まで進んで休憩。池畔から県境稜線に戻ると、北側の山並みの奥に黒姫山(891m、下の写真中央右)や米山(992.4m、写真左寄り)が見えた。トレイル開始点の斑尾山西にも黒姫山(2053m)があって紛らわしい。ここはスマホ電波あり。10時半に国道403号(新潟側への通り抜け不能)と交わる伏野(ぶせの)峠。トレイルの案内板が埋まっているのは、豪雪で垂直に沈み込んだというのだから凄まじい。ここにも桂池テントサイトと同様のペットボトル水が置かれていた。伏野峠からセクション6に入る。急斜面を上った1094.4m三角点は藪の中なのか確認できず、須川(すがわ)峠を経て緩いアップダウンで進み、野々海(ののみ)峠が近くなると湿原を見る。野々海峠に13時半。
本日の泊り場には峠から車道を行くこともできるが、トレイルを忠実に辿って長野県最北地点の三角点(1135.4m)を確認。ここは見通しが利いてスマホ電波も入った。やや乾燥した感じの湿原に下り、野々海高原テントサイトに14:50到着。段々になったテン場に宿泊者は他にいないが、地元工務店らしき人が湿原の木道修理に来ていた。水場の上のテーブルで食事。
■10/4(土)
起床時の小雨はすぐに止んだ。5:20出発。
三方岳(さんぽうだけ、1138.5m)を踏み、7時に天水山(あまみずやま、1088m)。ここからセクション7に入り、県境線は南へ向かって高度を下げて行く。8:10、「里山出合」のトレイル標識で道路に出た。やがて舗装路となり、標識に従って田畑の間をショートカットして行く。近づくと警戒音や猪の断末魔の声(?)を発する動物避けがあちこちに設置されていた。
古びた石仏や道祖神のある建森田神社に無事下山のお礼参拝。歩き始めの祈願がお寺(即心院)で終わりのお礼が神社となったのは勘弁してください(笑セクション7終点の森宮野原駅に9:10到着。ここは、昭和20(1945)年に7.85mを記録した日本最高積雪地点だ。峠のトレイル案内板が地面に押し込まれてしまうのもむべなるかな。バスまで2時間以上あるので、国道沿いのコンビニまで行って缶ビールとツマミを買う。駅前のベンチで飲んでいると、ソーセージに飛んできたハチが肉団子を作って持っていく。何度も繰り返していたが、これを食べる幼虫が塩分過多にならないか心配だ。駅前には震災復興祈念館等もある。バスで越後湯沢駅に出て、ぽんしゅ館の酒風呂で垢を落とした。5日間で実際に歩いた距離は73kmだった。
■今回のルート
↓全行程 ↓ 9/30:斑尾山登山口(即心院)~赤池テントサイト ↓ 10/1:赤池テントサイト~桂池テントサイト ↓ 10/2:桂池テントサイト~光ヶ原高原キャンプ場 ↓ 10/3:光ヶ原高原キャンプ場~野々海高原テントサイト ↓ 10/4:野々海高原テントサイト~森宮野原駅 ↓全行程高度グラフ




















































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