2025/3/21(金) 棒ノ嶺~大仁田山2025年03月21日 00:00

最近気付いたのだが、これまでほっつき歩いてきた結果、埼玉県境が北は神流湖から西へ回って三国峠、甲武信ヶ岳、東へ向きを変えて雁坂峠から雲取山、そして都県境尾根を棒ノ嶺まで来て、権次入(ごんじり)峠の先の黒山までが繋がっていた(ルートを誤って県境線を外した箇所もあるが)。
山を辿れる限りの県境を歩き尽くしてやろうと、トレッキングシューズの履き馴らしを兼ね、好天を選んで出掛けた。

東飯能駅からバスでさわらびの湯へ。
9時半過ぎに出発。トイレの先から坂を下り、橋を渡って滝ノ平尾根に入る。地形図496m地点のベンチ辺りから足元に融け残りの雪が出てきた。白地(しきじ)平(730m)のベンチで休憩。
白地(しきじ)平
滝ノ平尾根では足跡のみで人は見なかったが、白谷沢ルートとの合流でそちらを上がってきた二人パーティと擦れ違った。以後、棒ノ嶺の前後は登山者多数あり。
権次入峠(893m)に11:10。一昨日はかなり降った様子で雪が深く、陽射しの反射が眩しい。棒ノ嶺は計画に入れていなかったのだが、時間に余裕があるので山頂(969m)を往復した。
棒ノ嶺
棒ノ嶺からの眺望
11時半、権次入峠に戻り、指導標に従って小沢(こさわ)峠へ向かう。植林の間に伸びるルートの雪はしっかり踏まれていた。
小沢(こさわ)峠へ
黒山(842.3m)には<奥武蔵ロングトレイル105k>のプレート付き山頂標が建っていた。ここにいた単独男性が、今回山中で会った最後の人間。
黒山
雪を踏み、畠山重忠の伝説の残る馬乗馬場(776m手前の平坦地だが、杉が立ち並んでいて馬を自在に走らせるのは難しい)を過ぎる。689mにはロングトレイルの<長久保山>標あり。所々に旧名栗村の指導標も残っている。都県境が660mで方向を変える地点を登山道が南側に回り込むと、雪も薄くなった。550m付近に祀られた<熊野三社大権現>碑はくっきりした彫りの割にずいぶん古く、寛政11(1799)年のものだ。傍らに石祠もあり、ここには南の集落から上がってくる道(地形図の徒歩道)があったのだろう。
熊野三社大権現
そろそろ小沢峠のはずと思っていると、ずいぶん広く歩きやすい道になって高度を下げて行く。気付かぬうちに峠を過ぎて集落へ出る道に入ったのでは?と引き返してみると、道標も何もない分岐があり、目立たない方の道を下りたところが小沢峠だった。地図に未記載の作業道に引き込まれたようだ。
小沢峠には先ほどの作業道と同様の広い道から外れて成木尾根を久方(くがた)峠・細田・安楽寺へと導く案内が付いている。久方峠は都県境上の次の峠であり、細田も地図で大仁田山の近くに見えるが、安楽寺は何処だか判らない。
小沢峠から成木尾根へ
山と高原地図「奥多摩」の2021年版では小沢峠と大仁田山の間にルート表記は無いのだが、踏み込んでみると普通の登山道で、小沢峠~安楽寺の方向を示す案内プレートが随所にある。さらにロングトレイルのルートにもなっているから、最新版では破線ルートくらいにはなっているかもしれない。
久方峠には「現在、久林に降りる道は、ありません。」の注意喚起あり。
久方峠
この辺り、しきりに作業道が絡んでくる。峠からひと登りした460m辺の木の根方に「黒山」のプレートが置かれていた。権次入峠近くの黒山との混同があるのか、あるいは双方とも昔日の植生からでも呼びならわされてきたものか。
黒山その2
ロングトレイルの<大峰山 505m>標柱を見、登山道が分岐する箇所に<細田 大仁田山/丸屋の頂 安楽寺>の指導標あり。
都県境との分岐
都県境から離れ、今回最後の頂、大仁田山(505.4m)に14:20。
大仁田山
一休みしてから下山先である上赤沢のバス時刻を確認すると、15時の次は15:57。15時便に間に合わせるべく急いで下りる。もはや雪もなく歩きやすいが、最後に笹薮の細い踏み分けに突っ込んだのは、他に道があったのか? 車道に出てわずかに進むとバス停だった。14:50、山行終了。

帰宅後、地図上で都県境をずっと辿って尾根が住宅地に下りる地点に安楽寺(⇒ おうめ観光ガイド)を発見した。いずれ、大仁田山から繋いでみるか。

今回14kmほど歩いたので、靴の履き馴らしは過去2回(高麗駅~越生駅外秩父七峰縦走)と合わせて70km以上になった。

■今回のルート
棒ノ嶺~大仁田山ルート

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