2007/9/17(月) 『ファーストマン ニール・アームストロングの人生』 ― 2007年09月17日 00:00
同世代と話をする時、ニール・アームストロングと聞いて分からない人とはあまり友達になりたくない(*1)。もちろん「彼は月へ行っていない」などと言うアホウは論外で、はっきりと敵だ。
上下巻約1000ページを2週間ほど掛けて読了。
アポロ11号帰還後の消息があまり聞こえてこず人嫌いという評判だったアームストロングの公認伝記。
紀伊國屋書店 ⇒
先祖のアームストロング一族から説き起こして、幼少時代から青年期、朝鮮戦争従軍、テストパイロット時代(X-15も飛ばしている)、宇宙飛行士になってジェミニ8号危機一髪、アポロ計画の進展、11号での月面着陸が決まるまで、月着陸、帰還後の熱狂とその後を丁寧に描きだす。宇宙飛行士と言えばアメリカ人の中のベスト・オブ・ザ・ベスト、困難に果敢に挑み限界を押し広げる男たちというのが一般的なイメージだが、自らを技術者と位置づけるアームストロングの冷静さが印象的だ。
出典が細かく示されているが、関係者から著者への手紙やEメールが多い。インタビューもニール本人はじめ数十人に対して行っている。また、公認ではあるが本人の関与は事実誤認や技術上の誤りがないことのチェックだけで、著者による分析や解釈に口を挟むことはなかったとのこと。実際、アームストロングが娘の死に妻とともに向き合おうとせず仕事に逃げたと示唆する個所もある(上 p.312)。労作であり、アームストロングの公正な伝記としてこれ以上のものは出ないだろう。
訳文には首を傾げる箇所が散見されるが、それも読みづらいというほどではない。
これまでの見方や思い込みをひっくり返す新しい知見もあった。以下、メモとして書き出し。
○自分も大好きな映画「ライト・スタッフ」についての評価。「映画としてはよくできているのだろうが、歴史的事実に関してはひどいものだ。プロジェクトの内容もその時期も、携わった人たちも、みな間違っている。実際にあったこととは似てもにつかないと言っていいだろう」(上 p.229)
○「ライト・スタッフ」ではチャック・イェーガーが非常にカッコいいが、その部分も必ずしも真実ではない。映画のラスト近く、NF-104Aで空に駆け上り星を垣間見た後に操縦不能となり脱出するシーン、イェーガーの自伝ではエンジン不調とされ映画でもそのように描かれているが、実際には単なる操縦ミスだった。(上 p.226-228)
○また、イェーガーはアームストロングに反感を持っていたらしい。X-15の緊急着陸用の乾湖の湿り具合をニールの操縦で調査に行った際、泥にはまり込んで離陸不能となる事故があった。後部座席にいたイェーガーはすべてニールのミスだと自伝に書いているが、実際にはイェーガーの指示で行ったタッチ・アンド・ゴーに無理があった。(上 p.289-296)
○アポロ11号でアームストロングとオルドリンのどちらが先に月面に降りるかは月着陸船の構造や二人の位置関係で決まったとされていたが、実は上層部4人の検討でオルドリンは不適格とされたのだった。技術的な問題はオルドリンを納得させるための言い訳だった。(下 p.107-111)
○アポロ11号帰還後に乗員は3週間隔離されたと思っていたが、本書には隔離終了が8/10とある(下 p.384)。太平洋上での回収は7/24だから、3週間というのは7/20の月面着陸から数えてのことか。回収チームは生物学的封じ込め服を着けた飛行士がボートに乗ると消毒剤を吹きかけ、使った化学洗剤と布に重りを付けて海へ投げ捨てたそうである。「まるで、深海に沈めてしまえばアンドロメダ菌が引き起こす生物学的ハルマゲドンを防げると言わんばかりだった」(下 p.373)
○フレンドシップ7でジョン・グレンが目撃した「宇宙ホタル」、正体は船外投棄した尿が凍ったものと覚えていたが、現在はカプセル表面から落下した氷ということになっているらしい。(下 p.190、*2) 単にイメージをよくするための言い換えか、それとも尿というのが誤りだったのか? あるいは正体が判明した次のオーロラ7では表面の氷だった(スコット・カーペンターが船内の壁を叩いたらホタルが舞いあがった)ので、フレンドシップ7もまとめてそう言っているのか。
最後に、月を歩いた男の口から出ると印象深い言葉。凡百の政治屋が言うのとは重みが違う。戦争のできる「普通の国」になろうというような次元の低い視点でないことは言うまでもない。
○1974年のアームストロングの講演。「新世界を築かなければならないのは、未来を求めて人類の領域を広げるためだ。領域を広げなければ、人間は内へと向かい、自分にしか関心を持たなくなる。領域が広がれば、今日より明日のことを考え、自分より社会のことを考えるものだ」(下 p.443)
*1:アポロ計画を世界史の一ページとして教わっただけの若い人は、彼の名前を記憶していなくても仕方がない。それと、山関係の友達は別です。誤解なきよう。
*2:寺門和夫氏のブログでは「宇宙船から放出された水分が凍り、太陽光で輝いたもの」と微妙な書き方をしている。(2023/3/10追記)
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