2001/7/19(木)~7/21(土) 穂高連峰2001年07月19日 00:00

去年の夏は槍でした(⇒ 2000/8/2~8/5記事)。そこから眺めた穂高の連なり。やっぱりあそこだよねという訳で、海の日の前に一日休みをくっつけました。
ルートは
 19日:沢渡に駐車 → バスで上高地 → 横尾 → 涸沢ヒュッテ
 20日:涸沢ヒュッテ → 北穂高岳 → 涸沢岳 → 穂高岳山荘
 21日:穂高岳山荘 → 奥穂高岳 → 前穂高岳 → 岳沢を経て上高地
という計画で、4月の谷川岳(⇒ 4/29記事)と同じ、O倉・K氏、O崎・T氏と男3人でGO!

■7/19(木)
前夜出発して沢渡の駐車場にクルマを入れたのが朝の5時過ぎ。駐車場は何ヶ所もあります。たまたまバス乗り場がすぐ側で、<沢渡大橋←→上高地>の往復切符を買って行列へ。並んでいる人数が全部乗れるのかと思っていると、バスは必要なだけの台数が確保されているのでした。
テープによる観光案内を聞きつつ、上高地までは30分ほど。沢渡を出てすぐ右手に<西村屋>という看板が。井上靖の『氷壁』に確かそんな店が出てきたなぁ、とか思い出します(後で読み返してみたら<西岡屋>でした)。
上高地から明神~徳沢~横尾と平坦な道をひたすら歩く。澄んだ梓川と山、透明な空気。下界のモロモロが身体から抜け落ちていく感じ。途中にパノラマコースへの分岐がありますが、積雪のため通行禁止でした。
横尾にて
        横尾にてO倉氏と
横尾からもう少し平坦な道が続きますが、いよいよ山が迫ってきます。「これがあの屏風岩かぁ」と、クライマーが張り付いていないか見上げましたが、時間が早いせいか見るところが違うのか、見当たりません。
本谷橋にて
        本谷橋にてO崎氏
本谷橋で一休みして、さあこれから登り・・・と思ったら、それほど行かないうちに昨夜の運転手を務めたO倉氏が睡眠不足でグロッキー気味。登山道を避けて腰を下ろせる場所を見つけて昼食にしました。O倉氏は昼寝。
涸沢ヒュッテの近くまで上がると雪が。とは言ってもアイゼンを着けるほどのことはなく、足元を踏みしめながら登っていきます。ただ、雪の下を水が流れてところどころ穴ができているので要注意。
ヒュッテに入ったのは2時前でした。受付で<宿泊ポイントカード>なるものをくれます。涸沢ヒュッテ・雨飾山荘共通で1泊につき1ポイント、10ポイントで1泊2食無料とのこと。ま、それはさておき、名物の生ビールとおでんでカンパ~イ(アルコールのダメなO崎氏はジュースで)(^^)
ヒュッテで乾杯
ステキなテラスがあるので、あとはそこでジョッキを傾けつつ景色を愛で、雨が降ってくれば部屋に引っ込んで思い思いに本を読んだり睡眠をとったり。
下の写真はヒュッテからのパノラマ。中央の三角形が涸沢槍。そこから左へ涸沢岳、奥穂高岳。涸沢岳と奥穂の間に穂高岳山荘が見えました。
涸沢ヒュッテより
遠くは大天井~蝶ヶ岳。手前は屏風の頭。
涸沢ヒュッテより
夕食は美味しいけれど大人数をさばくために少々慌しい。冷たくてこれまた美味しい水が蛇口から豊富に使えるのがうれしいところです。

■7/20(金)
朝5時前、ちょっとだけモルゲンロート。すぐにガスってしまい残念。
夜明けの涸沢槍
        夜明けの涸沢槍
朝食後、6時に出発。テント場の側に長野県山岳総合補導所があり、山域での事故件数などが掲示してあります。この時は確か事故1件・負傷者1名とのことでした。それを横目に涸沢小屋の横を抜け、北穂に向けて高度を稼ぎます。
途中、ハシゴを過ぎたところで小休止。前穂からは雲が湧き、実に爽快。
雲湧く前穂
        雲湧く前穂とO崎氏
北穂南峰の下、山頂方面と涸沢岳方面への分岐に近づいたところで、ガラガラという音とともに「落石ー!」の声が。見るとちょうど分岐に向かって岩がいくつも転げ落ち、下にいた人たちが避けようと散っていく。行ってみると、大きなものだと一人ではちょっと持ち上がらないくらいの岩が落ちてきたとのこと。石に当たった二人が打ち身程度で済んだのは幸いでした。分岐の上を歩いた人間が石を落としたらしいですが、現場はいかにも落石がありそうな場所。ここで弁当なんか広げちゃいけません(後知恵なら何とでも言えるのです)。
岩ヒバリ
        岩ヒバリ
落石現場を後にして北穂山頂へ。山頂すぐ下の北穂小屋で缶ビールを買って山頂で乾杯。広い山頂の槍ヶ岳側にカメラを構えている人が何人かいます。天気はいいのですが、そっち方面はガスっていて槍はなかなか姿を見せてくれません。見え隠れする槍を狙って、ちょっと長居してしまいました。
北穂より望む槍ヶ岳
        ↑ 北穂より望む槍ヶ岳
北穂よりパノラマ
        ↑ 北穂より、北~東方:中央が常念岳
北穂よりパノラマ
        ↑ 北穂より、東~南方:長塀尾根から前穂、奥穂
槍を眺めつつ、いつかは大キレットを渡っての槍穂縦走と心に決めて、先程の落石の分岐まで戻ります。次は涸沢岳へ。
今回の山行では、この涸沢岳の登りがいちばん緊張しました。よくもまあこんなところに一般の登山道をつけたなぁという個所の連続。ロッククライミングではないにせよ、三点確保で身体を引っぱり上げる。万一手元がすっぽ抜けたら死ぬかな、と本気で思いました。槍の穂先よりもよっぽど怖い。大きなザックを背負っていると少々辛いです。しかし、同じコースを下ったら、足元が見えない分もっと怖いですね、きっと。
ようやっと尾根に出て少し行くと涸沢岳山頂。
涸沢岳山頂
ここでは救助隊に遭遇。あとで聞いたところではジャンダルムで事故とのこと。高校生の息子を連れてきていた父親が、息子の見ている前で転落死したとか。言うべき言葉もありません。
ここから穂高岳山荘まではすぐ。着いたところでまたビールで乾杯。
山荘は大混雑で、収容人数350のところ、実際の宿泊は500人だったとか。布団1枚に2人は当然として、乾燥室や談話コーナーまで布団を敷いてました。翌日はもっと混みそうな予想で、連休前に休暇をくっつけてきた計画は当たりだったかな、と。それにしても狭さと暑さで寝苦しい夜でした。

■7/21(土)
計画では奥穂を越えて行く予定でしたが、O倉氏が故障。山荘横の急斜面に取り付いたものの足が全然上がってない。このまま行かせたら転落は必至、それ以前に連続するハシゴやクサリ場で大渋滞を引き起こすのは目に見えているので、いったん山荘に戻って協議。結果、2名は奥穂頂上までピストン、その間故障者は山荘で待機、朝食(小屋で頼んだ弁当)後にザイテングラート経由で涸沢に下り、行きと逆コースで上高地に戻ることになりました。
奥穂の登りは急斜面で多少緊張するものの涸沢岳に比べればどうと言うこともなし。奥穂山頂はまったくのガスの中で、眺望ゼロだったのが残念。まあ、穂高連峰の最高点を踏んだのだからよしとしましょう。
奥穂山頂
下りは登る人との交互通行となり、思わぬ時間がかかりました。
朝食をとってザイテングラートを下り始め、後ろを振り返ると奥穂頂上もはっきり見えている。さっきのガスはなんだったんだよー、と言ってみてももう遅い。奥穂からの眺望はまた今度の宿題です。ザイテンを登ってくる人たちの行列はまるでアリのよう。これじゃ今夜の小屋泊まりは大変だな、とちょっとばかり同情。
下って行って、前穂~奥穂を振り返る。さっきまであそこにいたんだよなぁ・・・ 前穂も宿題。
ザイテングラートを 下りて
真っ青な空に、涸沢槍の姿も良い。
涸沢槍をバックに
下りになるとO倉氏も調子が出てきて、涸沢まで無事に着きました。まず涸沢小屋でソフトクリームを舐め、ヒュッテに行ってまたもや生ビールを頼む。なんだかビールばかり飲んでるようです。
ヒュッテの手前、山岳総合補導所の掲示は<4件・負傷4・死亡1>(←負傷者数うろ覚え)になっていました。家に帰ってから知ったところでは、大キレットでも死亡事故があり、この連休中は事故が多かったようです。
ヒュッテからは来た道を戻るだけ。道々、登りの暑さでへばっている人に、もう少し行けば雪があって涼しいですよ、などと言いながらひたすら歩く。屏風岩にはクライマーが何組も張り付いているのが見えました。平坦な道になってからO倉氏がまた不調となり時間が掛かりましたが、どうやら上高地まで辿り着きました。
河童橋で写真くらい撮っておこうかと思っていたのですが、観光客があまりにも多いのでパス。沢渡までのバスの時間を確認しようとそのままバス乗り場に向かったのですが、ずいぶん手前から長蛇の列ができています。これがバス待ちの行列と知って愕然。切符を買って並べ、乗車まで2時間、とアナウンスしています。これが日本を代表する観光地か、と怒ってみても仕方がない。来る時に往復切符を買っておいてよかった。2時間は掛からなかったものの、さんざん待たされてやっと乗車。バス乗り場の屋根の下に入ったところで雨になり、行列の後ろにいた人はまったく気の毒です。
沢渡の駐車場の隣が日帰り入浴できる温泉だったのですが、これはハズレ。浴槽狭い、洗い場の数足りない、シャワー十分に出ないというショボイ設備でした。今度行っても、もうここには入らんぞ。

最後にケチがつきましたが、全体としてはお天気に恵まれ、良い山行でした。
宿題は奥穂の眺望と踏み残した前穂、将来の課題はキレットを渡っての槍穂縦走。
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