2007/12/24(月) 宇宙開発の本 ― 2007年12月24日 00:00
最近読んだ宇宙開発関連の本2冊。
●『ローバー、火星を駆ける 僕らがスピリットとオポチュニティに託した夢』
スティーヴ・スクワイヤーズ・著 早川書房
2004年1月に火星に到着して以来、設計寿命を遙かに超えて活動を継続している2台のローバー。そのマーズ・エクスプロレーション・ローバープロジェクトの代表研究者によるドキュメント。地質学者となった著者が火星探査を志し、提案書を書いてはボツ書いてはボツ、やっと企画が通ったら今度は予算不足、他のプロジェクトからの影響、打上げの迫る土壇場まで解決が危ぶまれる技術的な問題、火星に着いたローバーの沈黙・・・苦労ばかりである。しかし、最終的にはむしろ楽しげなトーンになる。
それはひとえに火星に対する憧れ、ワクワク感があるためだろう。例えばこんな一節があった。
「ケネディ宇宙センターの遠く北の端にシャトルの発射台が光り(中略)南の端には第17発射施設のデルタの発射台。僕たちがここまでたどり着くことができたときに使う発射台だ。(中略)宇宙開発の偉業のほとんどは、この海岸からはじまった。ここでくり広げられた歴史を思って、僕は胸がいっぱいになった。ここは僕たちの約束の地だ。」(p64)
そして、2台のローバーが無事着陸し、憧れを現実のものにした瞬間。
「記者向け説明会がもうはじまるというとき(中略)ドア付近で歓声が上がり、その声が広がっていく。アダム・ステルツナーとウェイン・リーだ。二人はガッツポーズで入場し、その後にEDLチームの全員がつづく。(中略)観衆のあいだからちらほらと聞こえてきた歓呼の声がしだいに広がり、とうとう大合唱になる。「イー、ディー、エル! イー、ディー、エル! イー、ディー、エル!」。アダムとウェインが大きく両腕を振って人々を煽る。僕はこの勝利の光景を眺めながら、いまこそ”宇宙バカ”の壮大な夢が本当になったのだとの思いに胸がいっぱいになった。」(p359-360 EDL=大気圏突入(Entry)、降下(Descent)、着陸(Landing))
この本、ともかく登場人物が多い。中核となるのは数人なのだが、読んでいる最中は誰が重要人物か分からないのでメモを取りながら読み進めるハメに。巻末にはプロジェクトに参加した4000人以上の名前が掲載されている。この人たちをまとめ上げた熱意が伝わってくる本である。
●『中国が月着陸に成功すると何が起こるか 宇宙から日本と世界を考える』
中冨信夫・著 光文社ペーパーバックス
『ローバー』とは逆に、この人には宇宙に対するワクワク感なんてないんだろうな、と思わせる本。
国家戦略として宇宙開発を進める中国、それに対してグランドデザインを持たずアメリカに追従するだけの日本、このままでは国際社会における日本の地位低下は必至、という大筋に異論はない。
著者はこれまでにNASA関連の本を多く出している(その正確性には疑問符を付けられているが)し、本書でも「いわゆる”NASA関係者”である筆者」(p219)と言い、どの本だったか忘れたがNASAで重要な研究をしてきたようなことも書いている。NASAが自己のステータスの裏付ということだろう。本書でも「「スペースシャトルは、失敗作であり、危険な乗り物である」との、”後出しじゃんけん”的な評価」に対して、「「よくもここまで、”新しい技術システムの有人宇宙船”をつくり上げたものだ」と、驚嘆している」(p130)と基本的に全肯定である。そのNASAに対してさえ自分は一言言えるんだぞ、ましてや我が国のJAXAなんぞ批判の対象にこそなれ評価など問題にならん、という意識が本書には垣間見える。
それにしても、あれだけの成果を上げ、今も何とか地球に帰還させようとスタッフが奮闘している小惑星探査機「はやぶさ」を「大本営発表に匹敵する”偽装発言”と”偽装評価”」(p283)だとは。著者ははやぶさが「2004年9月26日早朝、試料採取装置の金属球を発射し、舞い上がった岩石の破片をカプセルに収め」(p285)たと思っているが、2回行われた小惑星イトカワへのタッチダウンは2005年11月のこと、また、11/26の2回目で金属球が発射されたと一度は発表されたものの、データ解析の結果12月初めに「発射されていないと思われる」と訂正されている。思い込みと古い情報で本を書いているらしい。
宇宙開発が国家レベルの活動である以上、政治や覇権競争の一部として行われるのは事実。しかし、現場の科学者や技術者はそれぞれに憧れや誇りをもって仕事をしている。著者にはそれが見えないようだ。
ついでにもう一つ、著者のイメージの古色蒼然ぶりを挙げておく。「宇宙空間で(中略)宇宙服に突然、穴があいたら、人間の体液は瞬時に沸騰して絶命する」(p139)。おー、このイメージ、アポロ月着陸の頃に漫画雑誌の巻頭カラーで見た覚えがある。以前に読んだ当時の本(https://marukoba.asablo.jp/blog/2007/09/29/9568405)にもそんなことが書いてあった。しかし、現在ではそんなふうにならないことが分かっている(急減圧により短時間のうちに致命的な事態に陥るが瞬時ということはない。https://lazydog.sakura.ne.jp/jgk/Jgk/Public/Report/Orbit/vacuous.html、http://www.tbs.co.jp/kodomotel/science/20040314_2.html)。著者はNASAをメシのタネにしているが、実は宇宙や宇宙開発に対する興味や愛情をとっくの昔に失っているのじゃないだろうか。
○付記1
スペースシャトルに関する”後出しじゃんけん”の実例が松浦晋也・著『スペースシャトルの落日』だろう。自分には”後出しじゃんけん”の方がよほどシャトルの本質を衝いていると思える。松浦氏は『ローバー』の解説も書いている。
○付記2
光文社ペーパバックスは本文中に脈絡無く英単語が挟まれて読みづらいこと夥しい。『中国が月着陸に~』では中国語も多い。目次前に置かれた「本書の表記について」に曰く「このシリーズを「多文化主義」 multiculturalism に基づいて編集しているからです。つまり、異文化 defferent culture はそのまま認め合うということです」。人名や地名など固有名詞を現地語表記し、発音を示すのはよい。しかし、上の引用のように一般名詞を英語表記することが「異文化はそのまま認め合う」ことだと思っているのなら阿呆である。逆に英語文献に日本語の単語をちらほらと混ぜて「多文化主義」だと言われたらどう思うのか。それに何? アポロ11号着陸時の描写で「ジーン・クランツ主任飛行管制官(CAPCOM)が」(P169)って。主任飛行管制官は Flight Director、CAPCOMはCapsule Comunicatorの短縮で通信担当のこと。アポロ11号でCAPCOMを務めたのはチャーリー・デュークである。
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